人々が笑い声を上げ、踊り歌い遊ぶ、花に飾られた街の下で。
 街の片隅の遺跡の地下に連れてこられ、今も階段を下りている最中だ。どんどん暗く、冷たい地面の下に潜っていく。古い石の壁に、灯火が作り出した影が不安そうに揺れる。先は暗い。まだまだ深そうだ。
 遺跡は広範囲に及んでいるらしい。しばらく歩かされたこと、暗いこともあって、方向がうまく掴めないが、もしかしたら街の外にも広がっているかもしれなかった。
 前を行く男の位置が下がらなくなった。足で探ると、階段が終わったらしい。手を抑えられていて探ることの出来ないキサラギを、モリヤが薄く笑ってみていた。
「この遺跡は、マミヤ守護団暗部の本部です。私たちの存在は公には出来ませんからね、遺跡は格好の隠れ場所なのです」
 暗部というからには後ろ暗い仕事をする者たちなのだろう。街の守護者たる竜狩りが人間を殺しているのだ。
 冷気は影の手のように足下で蠢いていた。ずっと感じている嫌な空気は何だろう。奥の方で響くような、何かの唸り声に似た空気の流れが、背筋を冷たく撫でていく。この先に行ってはならないと、頭の中で警鐘が鳴る。
 だが足を止めることは許されない。更に奥へ進み、扉の向こうへ押しやられた。
 何かがにおう。押されてよろめいたのを、腕を掴まれて立たされる。その掴み方は先程とは違って気遣いが感じられ、見上げると、側で瞳が暗闇でも輝いていた。瞳が光を求めて大きくなっている。
 がちゃんと大きな金属音が鳴り響く。仄かな灯りが、鉄格子を照らした。
「無事に出てこられたなら、あなたたちを宝の保持者として認めましょう。それでは」
「な、ふざけるな、おい!」
 モリヤたちが遠ざかっていく。檻のようで、よく見ると高い位置に灯火があるが、それでも暗闇の方が強い。
 かさり、と音が聞こえた。
 ぞっとして目が動かせない。暗闇が生きている。一歩引きかけた身体は、掴んでいる手に引き止められる。側に、センがいる。
「剣を」
 短い指示。
 何かがいる。無数の気配がこちらを見ている。段々闇に慣れてきた目が、きらきらと光っては閉じる何かを捉え始めた。
 そこで初めてにおいの正体を悟る。これは、生き物の臭気だ。それも、竜の。
「竜……どうして、こんなところに」
「実験台だろう」
 思わぬ返答があった。
「実験台……?」
 その目はキサラギを見ていた。打たれたように頭に痺れが走った。
「あいつ、モリヤ! 竜の宝が『何』か、知って……」
 何故拘束されても剣を奪われなかったのかを理解する。モリヤは見極めようとしているのだ。生き残れるか。キサラギが、本当に『宝』を得たものかどうか。
 そしてセンもまた、キサラギが知っていることを確認したようだった。あまりに真っすぐな目だったために、罪悪感のようなものを覚えて狼狽えてしまう。
「私……」
「竜の血に触れるな」
 手が離される。そうすると拠り所が失われた気がして、思わず剣に縋った。センもまた剣を抜いている。赤い石のついた、細身の剣。
 何故今頃それに目を留めたのかは分からない。近付く闇の気配に思考を切り替えればもう気にならなくなった。握る剣の重みと、動く身体、血に触れないことがすべてになる。
 祭りに騒ぐ街の下の下で、竜狩りが始まった。

   *

 その扉は何重もの鍵で厳重な封印が施されて、選ばれた者しか開くことができない。守られた一室に足を踏み入れることが許されている男は、一人、ひとつひとつの扉を撫でるようにしながら解き放っていく。
 封じられた部屋は光で明るい。モリヤが、彼女が寂しくないようにと細々としたものを持ち込んだのだ。その部屋の主に、モリヤは囁きかける。
「マリ」
 眠っていたのか、小さな呻き声。
「マリ……」
 起こしてすまないといいながら、そっと告げる。
「マリ……『宝』が来たよ。君を救う者が。君をここから出してやれる……」
 奥の覆いがかけれた寝台で、影が動く。
 獣の吠える声。
 モリヤはそれを聞きながら、彼女を哀れに思った。だがもうすぐそれも終わる。こんな獣の声の響く檻から、彼女を救い出す時が来るのだから。
 望んでいた『宝』によって。

   *

 檻の中の子竜はほとんどセンが処理した。数が多すぎたこと、暗闇に不慣れで役に立たなかったキサラギだった。竜の死骸を踏み越える。息があがっていた。ひやりとしたことも一度では足りない。
「あんた……竜に変身してたら楽だったんじゃないか……」
「ここでは狭い。それよりも、血に触れるなよ。傷を作っていないだろうな」
 竜狩りの衣服は傷を負わないよう分厚く出来ている。噂を流し始めてからは何があってもいいように、毎日きちんと装備していた。穴もあけていないし、何よりも。
「あ……当たり前、だろ。私は……竜狩りだぞ」
 何よりも、危なくなればセンの助けがあった。まずいと思った瞬間やぞっと背筋が凍った時、驚くほど正確な早さで、センの剣はキサラギに襲いかかる竜を叩き切っている。そして次の剣を振った時には、他の殲滅に力を注いでいた。
 圧倒的な強さだった。竜人は人ならざるものであり、身体能力は高いことを知っていたが、人間の形をしていてなおこれだけ強いのかと驚嘆する。
 翻る銀光は、暗闇を斬り捨てていくようで。
 そしてそれは、惚れ惚れするほど『竜狩り』だったのだ。
 ぱん、ぱん、と乾いた音が響いた。顔を上げると、光の中に浮かび上がっているモリヤの姿がある。
「お前……」
「おめでとうございます。さすがは『宝』の保持者。しかも成功例と見える」
「成功例……?」
 鍵が開けられる。
「案内します。あなたたちに、『宝』をお見せしましょう」

    



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