序章 古   
    


 紅蓮。終わりへと向かう光と熱を浴びて、女は崩れゆく世界の中に、失われたものを見出すことを切望した。
 外界の叫び声が掻き消される火炎に、遠く、声の幻が揺らめきはじめる。嵐が誰かを思いやる音。好きではないと苦々しく言ったその吐息は、荒ぶる熱そのものであり、生きるもののにおいがした。いたわりに満ちたその声を聞くことが好きだった。草原の風に吹かれることよりも。
 自分を呼ぶ声を確かに聞いて、彼女はわずかに振り返るも、思い描くものでなかった落胆で目を細めた。今まさに倒れる柱の向こうに、忠実な臣下の姿があった。
「お逃げください、どうか!」
 首を振った女は、晴れ晴れしい笑みを浮かべた。
「これは、わたしたちの罪。わたしの、叶えられなかった望みの果てです――」
 抑えた声は届かなかっただろう。死を覚悟した者に男は駆けつけようとしたが、床を舐める炎に行く手を阻まれて、ただ呼ぶことしかできない。それに背を向けた女は、紅に包まれていく祈りの柱を見上げ、思う。
 王の娘として生まれ、宮の称号を得たものの、それは望むものではなかったこと。責任と義務を果たすべく生きようと決めたが何も成せずに苦しかった日々。そうして出会ったかの者の、生き物としての強さと自由に惹かれたこと。
 父王にそのすべてを奪われた瞬間。
 そして、このときが来ることを知っていたと誰にも告げなかった、復讐。
 祈りの柱に向かって、手を伸ばした。
「……あなたの痛みはこんなものではなかったでしょう。与えられた悲しみは、絶望と等しかったはず。あなたが守ってきたものが、あなたに牙を剥いた。だからこの終焉は、必然です」
 けれどもし、許されるのならば。
 壮麗な宮殿は、街もろとも焼き尽くされていく。すでに都も落ちたことだろう。それでいい。それが、守護者(かれ)を殺した王にふさわしい末路だ。割れた天井が落下する。柱は折れ、壁は倒れる。終焉を迎える王国の中心で、たった一人、この時を待ち望んでいた女と願いもまた、紅の海に飲み込まれる。



「わたしは……あなたと、同じ(もの)になりたかっ」

    



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