そして、故郷の門をくぐり、懐かしく愛おしい人々を見る。
「おかえり! キサラギ!」
「まあ、キサラギ!? 本当に!?」
「誰か、イサイさん呼んでこい!」
「もう呼びに行ったよ!」
 あちこちから伸びる手によって揉みくちゃにされながら、空を見上げる。
 太陽の、光の輪が眩しい。
 そして、その下に少女が現れる。子どもたちに手を引かれて、もどかしそうに走ってくる。
 いつか帰ってくるよ、と指を絡めて約束をした。それより以前の自分とも、あの時の自分とも違う。けれど今のこの姿が、彼女にとって新しく、嬉しいものであるといい。
 涙の粒を落としながら、ユキが手を伸ばしてくる。
「ユキ! ただいま!」
 左の指に姉の指環を、右の手はセンと繋いで。
 これから二人で生きることにしたんだよ、と告げたら、ユキはどんな顔をするだろう。笑って、泣いて、どうしてそうなったのと話をせがむに違いない。
 どこから話そうか。本当にあったことだと、信じてもらえるだろうか。
「ほら、約束!」
 指環が太陽の光を弾き、その場所に集う人々を虹色の環で繋いでいる。
 それはこの世界の新しい歩みを祝福する。王国の、修復途中の城の中。寂れた田舎の館の中へ。砂漠の厳しい日差しに、涼しい木陰に。竜の住まう海の港に。
 出会った人々を照らしているそれは、空を通じて世界を繋ぐ、光環。

 ひとを想う心が、私たちを繋ぎますように。
 みんな、ひとりぼっちになりませんように。

 それが、世界の約束になればいい。

 空へと誓いを投げるようにして、キサラギは手を挙げ、ここにいるよ、と大きく振った。






   *






 涼しい、爽やかな風が吹いている。
 目を開けた女は、自分が見知らぬ草原に倒れていることに気付いて、呆然と周囲を見回した。
 わたしは、炎に包まれ崩れゆく神殿に、飲み込まれたはずだったのに……。
 その時、遠くから聞き覚えのある声を聞いて、彼女は駆け出した。まさか、という思いと、本当にという期待が、胸を弾ませ、息を詰まらせる。感情が生み出す涙に溺れそうになり、必死に息を飲み下しながら、彼を探した。
 そして、見つけた。翼を折りたたんでいる、彼。
「――……!」
 辿り着き、肩を上下させながら、覚悟を決めて彼の目を見る。守護されるべき人間の手によって殺されてしまった守護者は、さぞ自分たちを恨んでいるだろうと、そう思っていたからだ。
 しかし、そこにあったのは静謐ないたわりだった。ここまで来た彼女を、慰めるようだった。それに許された気持ちで手を伸ばしたくなるが、女はぐっと手を握ると、息を吸い込んだ。
 彼は、本来ならば進むべきところでこうして足を止めて、自分を待っていてくれたのだと分かったからだった。
 だからこれは、幸せな夢のひとつだ。
「わたしは……あなたと、一緒には生きられないのですね」
「今は、そうだ。我らは隔てられている」
「……今は?」
 縋るように拾い上げて訊ね返した言葉を、彼は優しく受け止めた。
「そうだ。今は」
「いつか、が来るということですか?」
 時を知る竜はゆっくりと瞬きをし、それを肯定した。しかし、それが果てなく長い時間の果てにあるものだと悟れるほどには、弱い応答ではあった。
 だからきっと、わたしの努力次第なのだ、と女は思った。
「あなたにもう一度逢います。そうして、共に生きると誓います」
「できぬ約束はしないことだ、姫宮」
「いいえ。何より、わたしがそうしたいからなのです。あなた」
 風が来る。
 呼んでいる。流れに乗り、あるべきところへ生まれ、巡れと歌っている。
 揃って風の呼ぶ方向を見つめて、別れの時を知る。
「我は待たぬ。ゆえに、そなたは己の幸いを選べ。それが守護者たる我が贈れる、最後の祝福だ」
 竜の息吹は、深く、暖かく、そしてかなしい。
 わたしはずっとそれが愛おしかった。
「――いましばしのお別れを。すぐにお逢いします」
 そう告げて、歩み出す。一歩一歩、彼から遠ざかることに、身を切られる思いがする。感情も記憶も希薄になり、自分という個が洗い流されていく。新しい生のために。
(わたしは、あなたに逢いにいく)
 遠い場所で声が聞こえる。
 光降るその場所で、わたしたちはもう一度出逢うのだ。


「私を、あげる。この朽ちない血、滅びない魂を――」


 約束を、果たすために。


 +Message


    



>>  HOME  <<