―――― 第 1 0 章 前 話


 都市を訪れてまず最初にやらなければならなかったことは、都市そのものを見て驚くことだった。
 実は数度訪れているということを明らかにすれば、密入国の裁きを受けかねない。最初に訪問した時の気持ちを思い出して、なるべく共に入国したリリスたちと言葉を交わすようにした。そうでなくても、都市を誇るヒト族の官僚たちは、少しでも言葉を拾うと丁寧に説明してくれたが。
「モーガンさん。リリス族長はきっと存じておられますよ」
 そう言ったのはイクセンという若い女性職員だった。明るい髪の溌剌とした女性で、境界の迎えの時から、最もきびきびと立ち働いていたのを見ていた。
「あ、ああ、そうですか?」
 先程から必死にあらゆる説明をしてきていたモーガンは、この訪問の決定の際に離宮を訪れてきていた外交官だった。焦っているのか、汗をしきりに拭っている。キヨツグは彼に笑い掛け、イクセンに問いかけた。
「到着予定はいつだろう」
「あと十分です。実は、都市をぐるりと回るようにと仰せつかっておりまして」
 見せつけようというのだろう。そう考えていると「見せつけですね」と彼女がはっきり口にしたので驚いた。そして笑みがこぼれた。
「正直は美徳だ」
「あら、ありがとうございます」
 族長に対する態度ではない気安さで、イクセンは笑った。その笑顔は、血のつながりからか彼女に少しばかり似ている。
 初日は様子見ということで予定が組まれていた。二日目は市庁舎の視察で、市長と会談を行う予定だった。
「初めまして」
 そう深みのある声とともに手を差し出してきたジョージ・フィル・コレット市長に、キヨツグは都市式の挨拶を返した。つまり、手を胸に置いて礼をするのではなく、手を握り笑うという挨拶を。
「初めまして」
 コレット市長の手は力強かった。中年に差し掛かった甘味のある容姿からはあまり分からないところだろう。
 椅子に座ると、広報だという人間の機械から閃光が走った。カメラという、肖像を取り込む機械のことは聞いていた。魂を抜かれるわけではありませんよと、その広報は笑いながら説明していたが、地方に行かないかぎりそういった迷信を信じる人間はなかなかお目にかかれないはずだ。
 市長から、そのまま都市の説明、機構、重要施設、機械についてを簡単に説明された。そしてキヨツグは、リリス族長来訪のためという、子どもたちの合唱や、大きな花束を受け取った。その最後には、選抜されたという青少年たちの、質疑応答の時間が設けられていた。
「王様はどうして王様になったんですか」「いくつですか」というかわいらしい質問には柔らかく答えることを心がけたが、「機械を受け入れないことに疑問を感じたことはありませんか」という質問には答えを考えねばならなかった。迂闊な発言はせずに、感想を述べてあれば便利だという答えに留めておいたが。
「政略結婚について、奥方はなんと申されていますか」
 最後の質問には緊張感が走った。リリスたちは覆面の下からでも鋭い気配を滲ませて、大学生という青年を見ている。
 大変勇気ある質問だとキヨツグは思った。何せ、政務であるために個人的なことは忘れようと努めていたが、隣にいるのは義父であるコレット市長なのである。その質問に答えるということは、場合によってはコレット市長個人、また、都市そのものに非難を浴びせることになりかねない。
 緩く、腹の上で手を組んだ。
「妻は、政略結婚そのものは考えるべきものだと考えているが、私との結婚に後悔しているというわけではないらしい」
「らしい、とは?」
「直接話したことがないゆえ、推測になる。しかし、よく妻の役をやってくれている」
「奥方が気を使っているということは? そこにある限り、そうしなければならないという義務感に突き動かされて、無理をしているのではないでしょうか」
 市職員が止める気配を見せた。キヨツグも、まるで本人を知っているかのような口ぶりに疑問を抱く。しかし次の瞬間には笑っている。
「無理をする前に止めているつもりだ。義務は義務であるゆえ、それ以外は自由にと言ってある。今は助手として医療に従事している。彼女が決めた仕事だ」
「そろそろ時間だ」
 コレット市長が微笑みかける。キヨツグも、彼らに微笑んだ。
「歓迎ありがとう。ヒト族の方々と話が出来て、とても嬉しかった」
 立ち上がり、今度はリリスの礼をした。リリスたちが一斉に礼をする。顔を上げたとき、幼い子どもたちは上気した頬で笑い合っていたが、ただ一人、あの大学生の青年だけは、怒りをこらえた目をしていた。
 当然の敵意を微笑むことで受け流す。しかし。
 その目が脳裏にこびりついていたからだろうか。
 二日目の記者会見こそ、都市訪問の目的だった。政略結婚について、都市の報道が取り沙汰したために、今では大きな社会現象になっているという。原因は妻本人の漏洩なのだが、その辺りは詳しいことは伏せた。リリスを逃げ出そうとした事件も、嫉妬のために危険な目に合ったことも、リリスが気をつけていればいいのだ。
 会見場では、当然政略結婚についてキヨツグに質問が来た。下手をすれば、リリスに野蛮族の汚名がつく。慎重にならねばならなかった。
「求めたのはヒト族との融和であり、リリスの新たな一歩のため。同盟調印のための結婚という側面を見ることが出来る……」
 やはり、あの目が忘れられなかったからだろうか。
「……ものの、本質はリリスが単純に彼女を求めただけである」
 そう口にしていた。
 どういうことかと質問が続けられた。
 そのまま、同盟が必要だったと答えることも出来た。しかし、それでは政略結婚について、為政者に非難と糾弾がされるだけだろう。種族同士の問題は……、
「個人としては愛しい者を花嫁を迎えただけだと思っている」
 ……個人の問題にすり替えてしまえ。
 光が一瞬止まった。直後、一斉に走った。怒号のように質問が飛び交い、このままでは暴動のような状態になると判断した市職員が、早めに会見を切り上げた。
 宿に戻ってから、連れてきた若年の長老に叱られた。軽率であると。キヨツグもそれは分かった。
「天様は、真様のこととなると我を忘れておしまいになる」
 それも、分かっていた。
 別れ際の寂しそうな目が思い浮かぶ。真っ赤な顔を伏せて、しかし何か思案を秘めた、淡い色の瞳。何をそんなに、寂しく感じているのだろう。そう聞いてやれなかったことが一番の後悔だった。
 明日から都市施設の視察の予定が組まれていた。まだまだ、アマーリエ・エリカに会える日は遠そうだった。





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