―――― 第 1 0 章 4 挿 話


 彼女がふっと焦点を合わせて唇を動かした途端、青ざめるくらいに血が冷えるのが、分かった。顔面を覆っていた表情が削ぎ落とされて素の自分が現れそうになる。それは回り始めた酔いをちょうどよく冷ましはしたが、不快であることに変わりはなかった。
 その上、彼女は微笑みさえしたのだ。全身が透き通るような鮮烈な光が、彼女の身体から滲み出しているようだった。
 これはと思った瞬間、その頭が後ろへひっくり返った。ごがん、と鈍い音が響き渡り、一瞬黙した場が、次の瞬間悲鳴の場に変わった。
「真様っ!」
 集まり始める女官たちを、膝の上に突いた手の上に顔を置いて眺めながら、やれやれとため息をつく。どうやら、先程のは神懸かり的な何かだったらしい。真っ赤な顔でぐったり目を閉じている相手を見て、ぞっとして損をしたと思った。
 しかし口に酒を運ぼうとして、その興が削がれていることにも気付く。
「……まったく、余計なことを」
 撒かれた花はこの騒ぎに踏みにじられたものが多数ある。しかし、風に浮かぶ力を持った数枚が、選ばれたように足下に運ばれてきた。その花を手に、唇を寄せる。
 ならあなたはそれを素晴らしいものとでも思っているのか。
「あなたは恋をしたことがないの?」などと。





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