―――― 第 5 章 6 挿 話


 日々の練習や稽古でぼろぼろだった。ユメの指導は、乗馬剣術ともに、『無理をさせずに』容赦ないものだったので、開始してから毎日、くたくたに疲れて部屋に戻っていた。夕食時は起きているのだが、予習しようと教科書を広げた途端、あっという間に眠り込んでいる。教科書を前にすると眠たいのはどこでも共通のようだった。しかし、いつの間にかベッドの上にいる理由に思い当たった赤くなった。彼が、眠りこけたアマーリエを運んだのが分かったので。
 その疲れが溜まっていたのだろうか。
「真様っ!」
 危険を知らせる声は、遠くからだったので、アマーリエはそのまま手を滑らせた。手綱が手から抜け、身体が後ろに、次第に横に傾ぎ、落ちた。地面に背中を打った。
 ユメの鋭い声を聞きつけて、厩舎の者たちや、訓練や手入れをしていた武人たちが、色がつくなら青い声で無事を問うてくる。アマーリエが呆然と見ていた空に、逆光でも青ざめたユメの顔が覗いていた。必死な声で、虚ろなアマーリエを呼んでいる。
 落ちたんだ、と思ったら、なんだか力が抜けた。そのまま眠りたい気がした。
 草が柔らかいし、汗が引いて冷たくなった肌に日差しが温かい。毛布でもマットレスでもシーツでもない、不思議な感触の大地に寝そべるのは、うっかり居眠りするくらい気持ちがよかった。
 だから、アマーリエはなかなか気付かなかった。
「……エリカ!」
 それが、もしや重傷か!? という誤解をもたらすことに。
 大声で、しかもその人の声で叫ばれて、びくんとなって目が覚めた。反射的に飛び起き、「はいっ!?」とうわずった声で返せば、周囲が凍り付き、次にどっと緩んだ。
 血相を変えていたキヨツグが、拍子抜けたようにまばたきをしている。物言いたげにユメを見やり、ユメは脱力しながら平伏した。
「申し訳ありませぬ。起き上がれませぬ上、返事がございませんでしたゆえ」
 ここでアマーリエは事態を悟り、「ごめんなさい!」と叫んだ。
「ごめんなさい、すみません。ちょっとぼうっとしてて」
 真っ赤になって弁解するが、やっぱり言い訳だった。小さくなってしまう。心無しか、キヨツグの顔が悲しげに見える。非難されるより辛くて悲しいと思った。
「アマーリエ! 大丈夫か!」
「マサキ」
「お前どんくさいなあ。馬に乗るだけだぜ?」
「……だから練習中なんでしょう?」
 マサキが覗き込み、けらけら笑う。アマーリエにも、今頃ながら笑いが滲んだ。
「……エリカ」
「はい」と何気なく返答した、アマーリエの身体が浮いた。
「!?」
「ユメ。今日は休ませるが良いか」
「御意。面目次第もございませぬ。申し訳ありません」
「キ……」
 これは。これはいわゆる……と頭が恥ずかしい方向に高速回転するアマーリエを、キヨツグは悠々と運んでいく。アマーリエは腕の中で小さくなっていた。
「重たく……ないですか……?」
「……軽い」
 本音だったら嬉しい。アマーリエが腕を回さずとも、彼は軽々歩いていくので。
 自分が恥ずかしいあまりに熱を発しているからか、段々温かくなってきて、つい瞼を閉じてしまった。やがてふっと意識が飛んだ瞬間に、キヨツグの胸に頭を置いたのに気付いて、また意識を取り戻す。慌てて身体を支えるが、またうつらうつらする。
「……疲れているのなら、眠れ。お前は軽い。いつまでも抱いていてやる」
「ん……でも……」
 ああ、でも、やっぱり眠いな。そう思ったら、腕や胸の確かさが心地よくなって、いつの間にか眠りに落ちていた。キヨツグのかすかに笑う気配が感じられて、少し嬉しいな、と思った。

   *

「残念でございました。マサキ様」
「つーか、今のゼッタイ嫉妬じゃね?」





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