―――― 第 7 章 6 挿 話 2


 主の身から離れた衣装を片付けていると「アイ様」呼ぶ声がした。振り返ると、部下の女官であるココがこちらの側で膝を突くと改まった顔でこちらを見ていた。彼女の手には昼間アイがユメ御前と共に着せかけた上着がある。
「……よろしゅうございましたね」
 何がとは言わない。自分たちの主は寝間に入り、夫君が後を追っていった。その事実で事足りるものだ。アイは笑い、そして意地悪にココを見る。
「あら、あなたがそんなことを言うなんて。最初は不満そうだったのに」
 ココは赤くなった。このココという女官は、身分差やリリスという枠組みを気にするきらいがあって、主となる主君の奥方、真夫人になる女性がヒト族ということに反発の気配を見せたことがあった。彼女が何を見てきたかはしらないが、アイが見てきたものと感じ方は違ってもよく似ているだろう。
 例えば、族長、長老、家長と大雑把に分けて地位が強いリリスでは、真夫人がすれ違った際に下級官吏に挨拶するなど腰が低すぎて奇妙に映ったし、一部では揶揄の対象のままだ。だが、挨拶された者は覚えている。これまでになかったことは強烈な印象を残す。それが、アマーリエ・エリカ真夫人の密かな人気の理由だった。
 付き合ってみればその人が心頑なであることが分かるのだが、しかし心を開くことはなくとも優しさは惜しまなかった。今回の事件で、心を開いてくれることを期待している。もしまた同じことをするようだったら往復でひっぱたいてやろう。
「真様は……リリスですわ」
 考えが読まれたかのようにココが呟いた。
「いいえ。リリスになられるんです。わたしたちの、真夫人に」
 それはここで生きることを願う言葉。
 アイは目を見開き、そしてけらけらと笑った。ここには主がいないので笑い方も素になる。
「本当、変わったわね、あなた」
「それを言うならアイ様もですわ! 以前は王宮を嫌っておいででした」
 アイは微笑む。王宮に住まうことの理由を変えてくれたのならそれは、彼女の主夫妻に他ならないのだから。願わくば、――そう、願わくば、幸福であってほしい。命のかぎり以上に続くものを見たいのだ。少しの幸福な好奇心が混じった全ての祈りで、アイは願う。『あの方』の愛した『子ども』とその妻の幸福な行く末、満ち足りた生、祈りと光りの降り注ぐ一生を。





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