―――― 1 7 1 1 2 2


 アマーリエは結婚当初からキヨツグに「待たずに先に寝るように」と申し渡されている。それは本当の夫婦になってからも変わらず、お互いに待つ必要がなければ先に休むという不文律になった。
 最初はやはり緊張からか寝付けないことがあって、キヨツグが来た時に寝たふりをしたということもあったけれど、だいたいはいつの間にか眠ってしまっていた。彼がやってくるのが夜が深いせいもあるし、毎日疲れ切っているせいもあった。そして今にして思えば、キヨツグが仕事を終えてやってくるのが遅かったのはアマーリエを避けるためもあったのだろう。
 気持ちが通じあってからは仕事を早く切り上げるようになったらしく、寝間にやってくるのはそんなに遅い時間にはならなくなったし、昼間だって時間ができれば顔を見せてくれるようになった。忙しいでしょうと言うと「時間ができた」とだけ答えて、お茶を一杯飲むか少し話をしてまた仕事に戻っていく。そんなささやかな好意に想いがにじみ出るようで、嬉しくなる。
 アマーリエの寝つきは、あまりいい方ではない。深く眠るときもあるけれど浅いところをすうっと漂っている感じで、物音や話し声には敏感な方だ。独身時代の一人暮らしめいた生活のせいなのだろう、近付く気配に敏感になってしまうのは。
 ただリリスの人々、特に身を守る術を持っている人のほとんどは気配を殺すのが得意だ。キヨツグなどはその達人で、アマーリエが寝ている時間に寝間にやってくると物音一つ立てない、らしい。ベッドに入ってくるときもとても静かで、アマーリエはうっすらと覚醒して反応しているのだろうけれどすぐに寝入ってしまってそのことをあまり覚えていない。朝になってから「そういえば一回起きたような……?」という程度の認識だ。
 今夜は遅くにやってきたキヨツグがベッドに滑り込んできた気配に、アマーリエは半覚醒して長く息を吐いた。目を開けたいのに糊を塗ったように瞼が開かない。「おかえりなさい」と声に出したのが夢なのか現実なのかわからない。ともかくアマーリエは眠かった。誰かが近付けばすぐに目覚めるはずが、そうならなくなったのはひとえにここで過ごす時間が長くなったからだろう。
 そんなとき、ふっと笑う声を聞いた。
(めずらしいな……笑ってる……)
 そうしているとキヨツグが手を伸ばし、アマーリエの頬に触れた。
 頬を撫でる指の背の感触が心地いい。少し冷たくて硬い。触れられることでこれが武器を持つ人の手だと知った。厚い皮と骨ばった手。
 じわじわ表情が緩んでいく。きもちいいなあ、と思った。優しくされて、甘やかされるのは、心地よくて幸せだ。普段はとても言えないし考えないようにしているけれど、撫でてもらえるのは嬉しい。
 その手をもっと感じたくて近付くようにすると、少し驚いたようにキヨツグの動きが止まり、やがてそっと背中を包んだ。ふわりと彼がいつもまとっている草と風の香りがして大きく息を吸い込む。薄く目を開けるとすぐ近くに彼の顔と首もとが見えた。
(いいにおい……あったかい……落ち着く……)
 そう思ってまた目を閉じる、その目元から耳にかけてキヨツグの指が触れる。くすぐったくて首をすくめて顔を上げると、上向いた顎を捉えて軽くキスされた。
(だめです……もう眠いの……)
 口づけは触れるか触れないかで繰り返される。まるで遊ぶような動きだった。本気じゃないからかアマーリエも夢うつつのままだ。ふわふわとした感触に眠気が増してくる。
「……眠いか」
 ようやくキヨツグが口を開いた。アマーリエは肯定したつもりだったが「ぅん……」と寝言のような声しか出ていない。それにキヨツグは笑って言った。
「……可愛いな」
 そう言って唇で、額に長く口付ける。
「……可愛い。とても、可愛い」
(……また、恥ずかしいこと……言ってる……)
 でも眠いのだ。とても眠い。布団があったかくて、いい香りがして、優しく触れられるのがきもちよくて瞼が開かない。このまま眠りの海に落ちればきっととっても心地いいのだということがわかる。今すぐにでもそこに飛び込みたいので、いつものように恥ずかしがることはできないのだ。
「……エリカ」
「…………」
「……エリカ?」
 構ってもらいたいのかわからないが何度も呼びかけられる。
「……んぅ……た、い……」
 アマーリエの返答を聞いたキヨツグは、少し吹き出したのか声を震わせている。
「……なんだ?」
(眠たいの……)
 答えたつもりだったけれど言葉になっただろうか。普段はそんなことを思わないのに答えるのが面倒になって敷布に顔を隠すように埋めると、くつくつくつと喉を震わす声がした。しかもかなり長い。収まったと思ったらまだ笑っている。
「……おやすみ」
 キヨツグの笑い声という貴重なものを聞き流して、アマーリエは眠りに落ちた。

 朝になって「そういえば……?」と尋ねるが、キヨツグは表情ひとつ変えずよく眠っていたなと言うだけだった。何があったのか気になりつつも二人でいる時間が長くなってきた今では、(まあいいか)で流せるようになってきているアマーリエだった。

171122初出


ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります
ネット小説ランキングに投票





|  HOME  |