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 旅は、楽しかった。目的のない旅ではなく、どこかへ冒険に出掛けるような高揚感と、逃亡という後ろめたさで始終はしゃいでいたように思う。比べてカリヤは冷めていたが、咎めなかったところを思うと、彼もまたそうであったに違いない。ずっとむかし、二人で笹舟を作りその行く先を追っていった、その続きをいつまでもしているような気がした。
 すぐに大人にならなければいけないとは思わない。いつまでも信じていたいことを信じていればいいだろう。現実を知り、それがゆっくり瓦解していくのならそれでいいのだ。きっとその時、壊れたものを埋めるものが、重ねた時間で得られているはずだから。
 それが、三十歳を過ぎてようやく分かった。
「そろそろふた月ですが、どうしますか?」
「どうとは」
「戻るか戻らないかです」
 どちらとも、このままで構わないのではないかと思っていたに違いないが、しかし一方で大人でもあったので。
「帰りましょうか」
「そうですね」
 とお互いに言った。

     ・

「シン家のユーアンは、ルー家のシャルと結婚した。そなたは、カリヤと婚姻を結ぶのだな。それも、カリヤが婿入りする」
 帰還したユメに、キヨツグは静かに、しかし興味深そうに言った。
「皆様を騒がせたこと、誠に申し訳なく思っております」
 シン家のユーアンに一度詫びに行くと、彼女は今度は早いお帰りでしたわねと微笑み、言ったのだった。

「別に誰と結婚しても構わないのです。わたくしの場合、最も身近な相手がカリヤ様だっただけ。わたくしは、そういう人間として育てられました。ユメ様のようには決してなれません」
 たおやかな指。細い腰。華奢な肩には蜘蛛の巣のような柔らかな紗をかけ、緩く微笑んだユーアン。決してユメには手に入れられない姿。運命を受け入れるしなやかさと理解を、彼女はずっと以前から持っていたのだろう。ユメが自分を見つけられずにもがいていた頃から、すでに。
「それに、こうなるような気がしていましたもの。だからユメ様が後ろめたく思う必要はないのですわ。運命の恋があったのなら、わたくしは祝福したいと思います」
 ルー家の奥方となっていたユーアンに、ユメは頭を深く垂れるしかなかった。

 キヨツグは緩く目を伏せて言う。
「構わぬ。私としては、不利にならねばそれで良い。だが、そなたらの婚姻は喜ばしいと思う。賛成派、反対派、関係なく、だ」
 誰かの立場を推すような言葉に、ユメは問い返した。
「どういうことでございましょう?」
「そなたらは生真面目だった。それが手に手を取り合って逃げたのだから、それほどの思いがあったということだろう。それを引き裂くつもりは毛頭なかった。だから、喜ばしい」
 少々違う気もするが、素直にユメは頷いておいた。カリヤが聞いたら、ちゃんちゃらおかしいと笑うかもしれない。
「カリヤは鎮まるか」
 目を伏せた。ユメは答えた。笑みが浮かんだ。
「いいえ」
 興味深そうにキヨツグが振り返る。
「この度のことには収拾をつけるでしょう。ですが、わたくしは彼を変えようとは思わぬのです。彼が選んだ道を、わたくしはわたくしの選んだ道より、見守りたいと思っております」
「そなたらの関係は、少々風変わりに思える。が、それもよかろう。……我ながら偉そうだな」
 笑いながら首を振ったユメは。
「天様にも」
 きっと。カリヤの言葉が蘇って、言っていいものか悩み、口にしたのは結局。
「……愛せる方が現れればと思います」
 キヨツグはまばたきして、仕方のないことをと微笑んだようだった。

     ・

 空が広い。雲の流れが大きくこちらに迫るようで、風が吹いて髪を巻き上げた。シャドに戻ったら今度こそ、髪を切ろうと思った。めずらしい姿はもう見納めですね、と特別感慨深くもなさそうにカリヤは言う。
「これからが大変ですよ。私はキヨツグ反対派の先鋒だった。あなたは親キヨツグ派で、その前にこれをきちんと破談にせねばならない」
「そうですか。頑張ってください」
「私がやるんですか?」とカリヤは嫌そうな顔をした。
「あなたが私を呼んだのです、カリヤ。あなたが選んだのですよ。それに、私が出るとややこしくなるがよろしいですか?」
 カリヤは黙った。これからの算段をしているのだろう。五割増しか……と呟いている。
「……ところでカリヤ。反対派『だった』と言いましたね。それはつまり……」
「止めます。徹しきれなかった自分が、反対しててもむなしいだけです」
 すっぱりはっきり言い切った。首を傾げるユメに、カリヤは言った。心底、呆れたような残念な顔で。
「悪役に花嫁ができてしまったら、あの方に族長になるなら絶対人を愛すな、とは、言えませんからね」
 数秒の後、ユメはお腹を抱えて笑った。自分がそれだと思うと、笑えてならなかった。
 子どもの頃、笹舟を流した。舟はどこまで行くのだろうと追いかけたが、どこかに引っかかるか、転覆するか、追いきれずに見えなくなるかだった。でも今自分たちはその流れに、それぞれの舟に乗って進んでいる。流れは先の見えない果てしないものだ。その向こうが光に溢れていると思えるのなら、ユメは、カリヤと一緒にいようと思うのだった。もし結婚する理由を挙げるのなら、彼が進む道がいつか光に包まれるようにするため。例えその先がなくとも、二人で行く先を見定めるのだ。この道の、行く先を。

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