―――― 麗 ら か な る 午 後


 かわいらしい鳥の声が聞こえてくる。あれはこちらに来てからよく聞くようになった野鳥の声だ。都市にいた頃は鳩か雀しか見分けがつかなかったが、毎朝の散歩のときに色々教えてもらい、一般的に分かるくらいには見分けられるようになった。ああそれにしてもなんて良い声。
 と、何度めかに真っ赤になった頬を何度目かにようやく落ち着かせ、名前を読んだ。
「……キヨツグ様」
「…………」
 仕事の邪魔はしたくない。したくないけれど、求められたらどうすればいいのだろう。抗議の声と分かっている夫は返事をしない。黙々と書類を繰っている。
 目の前でさらさらと音を立てて小さな筆が生き物の跡のような文字を描き出す。この筆記具を生まれた時から使っている彼の文字は、アマーリエの書く文字と天と地の差がある。もちろん達者の意味でだ。
 彼が動きにくそうに、机の端に積まれている書類の山に手を伸ばした。障害物があるため身を乗り出せないのだが、アマーリエは分かっていて取ってあげようとしない。彼は障害物に気を使って、強く身を乗り出せない。取りにくければ降ろせばいいのだとばかりに、ちょこんと座っている。
「…………」
「…………」
 無言の攻防が続く。キヨツグは障害物をしっかりと抱えたままだし、アマーリエは降ろしてくれるまでてこでも動かないと決めている。だがぐぐっと寄せられる身体を意識してしまい、そろそろ気恥ずかしさの針が振り切れようとしたとき。
「……何をしておられます」
「!」
 やってきた護衛官が感情を感じられない、押し殺したしかし当事者には呆れられていると分かる声で呟いた。夫の膝に乗せられ横に抱えられていたアマーリエは林檎のように真っ赤になって急いで書類を手に取り夫に渡したが、それを受け取ってもやはり夫は平気な顔で妻を抱えたまま、日が落ちるまで仕事を行った。
 執務室を訪れる者皆面妖な顔をしていたが、悪びれる風のない、逆に堂々としすぎて相手に気恥ずかしさを起こすキヨツグの平然とした顔がひどく羨ましかった、ではないむかついた、と何度も真っ赤になったアマーリエは怒り半分でお説教したが、夫はその様子を見て笑んだだけで、どうも効果はないようだった。

090321初出





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