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「あら? 指環をどうなさいました?」
 ぎくり。裾を合わせる手が固まる。
 朝食後の時間の着替えの最中。そろそろ普段着の着付けがくたくたでも出来るようになっていた。アイたちは細かいところを直したり、衣の色合わせを考えたり髪型を工夫してみたりとかなり仕事が楽になっていたので、恐らく指などそういった細かいところまで目がいったのだろう。
「まあ本当、指環がないわ」
「なくされましたの? 大変!」
「いいえ、お待ちになって。他の形でつけてらっしゃるのでは?」
 続いて他の女官たちが確かめに集まってくる。せっかく合わせた重ねをはだけられ、わあと素っ頓狂な声を上げてしまう。下着までめくられそうな気がして逃げ出した。じり、と迫る女性たちは、やっぱりみんな綺麗な上に真剣すぎて圧倒される。
「う……き、気付いてたの、みんな」
「まあ、当然ですわ。天様にいただいたのでしょう?」
 うふふと彼女たちは笑う。笑いさざめくのが温い夜風のように妖しい。
「装飾品の管理もわたくしたちの仕事。見知らぬ物を身につけられていれば天様が直接贈られたものだ、ということくらい察せられます」
「お、恐れ入りました……」
 頭を下げたものの、アイはやっぱり逃がしてくれない。
「それで? どうなさいました?」
「……言いません」
 人に話すことは告げ口じみていると思っていた。誰にも言わないつもりだった。正面から行って返してほしいと言うつもりで、今日の衣装は少し改まった物を出してもらっている。
 あの指環は、ようやく繋がることの出来た証だ。証がなくとも繋がりは残っている。あれがなければ。ぎゅっと手に力を込めて、思う。すべてが夢として消えてしまいそうだと、こんなに弱気になるのは、誰にも聞けない秘密を抱えてしまったからだろう。
 しかし、他人に取り上げられて黙っていられるほど、こちらを甘く見てもらうつもりはない。
 アイは表情を削ぎ落とす。すうっと唇を結び、目を細め、不機嫌な顔を作った。
「……また引っぱたきましょうか?」
「そ、それは止めて」
「ならお話しくださいませ。わたくしたちは、天様より真様をお守りするよう仰せつかっております」
 アイの言葉を思い出す。自分たちを思い出してほしい、という。
 アマーリエは、人を守りたいと、思う。でも、人に守ってもらうのが当然になりたくないのだ。今までそう考えてきた。手伝ってもらったなら相応のものを返してきたつもりでもいる。アイたち女官は、アマーリエを守ることが仕事だ。けれど、それは少しだけ、心地いいとは言えない。
「…………」
「真様」
 傷付けたくないけれど。アイの告白を聞いたなら、簡単に撥ね除けられないけれど。
「失礼致しまする。真様? 少しお尋ね申し上げたいことが……」
 聞こえてきた声に視線の檻が壊れた。アマーリエは逃げ出してその声の方へ行く。
「ユメ御前!」
「アイ殿。女官の皆も。どうなされました?」
「何でもないの。どうしたの?」
 先んじてアマーリエが否定すると、ユメは納得した様子はなかったが取りあえず用件を伝えることにしたらしい。
「お尋ね申し上げたきことが。リオン姫がお持ちの指環について」
 ぴしり。アマーリエは全身が石化したように思った。それでもかろうじて振り返ると、んまあ、とアイが目を吊り上げてあんぐり口を開けている。
「それ本当ですの、ユメ御前!」
「ええ。先日から真様がしていらした指環と、瓜二つの物をリオン姫がお持ちだったので声をかけたのです。姫のお答えが真様から預かったということだったので、何かあったのかと」
「ユ、ユメ御前……」
 アマーリエは力なく肩を落とす。ユメは不思議そうにアマーリエを支えてくれるが、背後の視線はもう逃げ道を許さない。これはもう、話すしかないではないか。
 ユメを交え、仕方なしに一連のことをみんなに話すと、誰も彼も不思議そうに、目を上に向けたりしていた。
「おかしいですわね。リオン様はそんな意地悪をなさるような方ではないのに」
「そうなの……?」
 聞き返す声は少し恨みがましかった。
「悪戯はなさいますけど、大袈裟なものではないですわ。出来ないことを意地悪く言うのもありませんし、薬指の指環の意味くらいご存知のはずです。ちなみに、一番の犬猿の仲はシズカ様ですわ」
「ああ……」
 思わず納得してしまった。恐らく王宮にいる頃、リオンが悪戯をしてシズカが青筋を立てて怒り叫ぶ、という漫画のような場面が繰り広げられていたのだろう。
 本当に一体どうしたのかしらと首をひねる中、アマーリエは答えを得ている。
 リオンがヒト族の真夫人を認めていない、ということだ。
 アマーリエが見たリオン・シェンという人物は、たった一日。男っぽい人。からかっているのか本音なのか分からない人を食った言動。非常に芸達者な人物で、長身で、美しく、恐らく剣も強い。ヒト族が嫌い、という態度はあまり見えなかったがどうなのか分からない。そして。
「…………」
 髪は茶色に近く、瞳は明るい。女性にしては中性的、どちらかというと男性っぽい顔に見えるのは、切れ長の瞳が光まで鋭いからかもしれない。睫毛が長く唇が艶やかだ。しかし、キヨツグとは、似ていない。それは、彼女本人にも聞けない。
(確かめる方法……口伝えは却下なら、紙面で……)
「真様。ハナ・リュウ殿がいらっしゃいました」
 いけない、とアマーリエは考え事を打ち消して立ち上がる。
「みんな、リオン殿は私がなんとかするから、何にも言わないで」
 不満顔の筆頭はアイだ。しかしアマーリエが、これで終わりとばかりに授業の準備を始めれば、彼女たちは否応にも動かざるを得ないのだった。

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