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 その一撃は彼女にとっては軽く、アマーリエにとっては重たかった。片腕だけでひゅんひゅんと風を切って振るわれる剣は、女性の力とは思えないほど力強いものだった。何かを考えれば大怪我をするという危機感を抱いて剣を握る。歓声は聞こえない。揶揄を飛ばせるほどアマーリエの身分は低くなかったし、彼らも誇りを失っているわけではなかった。それでも避け損なって腕や身体に攻撃を喰らうと、悲鳴のような押し殺した声が女官たちから上がる。
 一度目の攻撃を開始数秒後に受けたとき、審判はアマーリエの敗北を宣言しようとした。しかし、アマーリエは痛みをこらえながらすぐさま立ち上がり、剣を構えたのだ。リオンも止めなかった。目配せして、好きなようにさせよと、周囲に指示を与えていた。どれだけ傷を負っても、リオンは哀れに思うことがないようだった。そしてそれは、アマーリエの心を奮い立たせた。
 哀れに思わないということは、今このとき、リオンはアマーリエと対等に向かい合ってくれているのだから。
 傷を負い、汗と砂にまみれ、美しいとは言えない姿で。着ている衣の価値も何もかも放り出すように剣を握ってはいるけれど、本当はもっと、別のものを手にして向かっている気がする。
 それはそのまま心を得ることに似ていた。
 心を得るためにここにいる。
 リオンは何を思って剣を選んだのだろうか。その答えを得るには、アマーリエは未熟すぎた。何もかも。

   *

「いたっ!」
 ピンセットの先の脱脂綿は槍のように繰り出され、アマーリエの腕の傷に更にねじ込むように攻撃を加えた。たたたたたっ! と舌はもつれずに見事痛みを訴えた。
「あ、アイ……そんなに怒らないで」
「怒る?」
 ぴくりと彼女のこめかみが引き攣った。直感的に背筋が伸びた。まずい、余計なことを言った。
「怒る。ええ、この状況で怒らないのが普通だとおっしゃいますか。……これが怒られないでいられますか!!」
 側で叫ばれきーんと耳鳴りがした。
「一体全体、どこの世界に妻が夫の留守中に自ら傷だらけになりにいきますの!? わたくし、真様が自虐趣味だなんて初めて知りましたわ!!」
「あの、マゾじゃないよ、マゾじゃ」
 ぽそっと反論してみるも、アイはぎらぎらした目で新しい脱脂綿に消毒薬を含ませている。床に雫が跳ねる。
「大体、リオン様もリオン様ですわ! 将軍であるリオン様と、剣を取って短い真様では勝負になるはずないではありませんか!」
 投げつけるように傷を消毒する。言葉にならない悲鳴をアマーリエがあげると、ふんと鼻を鳴らしていた。リオンに怒ってはいるが、一番怒りたい相手はアマーリエであるという意思表示だった。
「しかし真様はよくお教えしたことを覚えていらっしゃいまする。懐こそ飛び込めなかったものの、何撃かはかわしていらした」
「ユメ御前、褒めないでください。真様がまた行くとおっしゃたらどうしますの」
 ぷりぷりしてアイが薬箱を直していく。アマーリエはユメと顔を見合わせ、密かに肩をすくめた。この分だと、境界に戻ってしまう前にもう一戦考えていたとは言えない。傷口が痛むことでも若干落ち込んでしまった。とんでもない人に喧嘩を売ったものだと思う。
 そしてため息をついた。何も、得られなかった。
 さすがに満身創痍になってしまったアマーリエに対して、リオンはこちらの身分を気遣って打ち合いを切り上げた。真夫人が義妹に喧嘩をふっかけて、一方的に打ちのめされたという評判が立っては、リオンもアマーリエもあまり気持ちのいいものとは言えない。考え無しだったことを恥じ入るばかりだったが、リオンは謝罪を受け取らず立ち去ってしまった。後から考えると、謝罪も意味のないことだったかもしれなかった。
 ただ去り際の言葉が耳にこびりついている。
『本当は誰に向かうべきかを考えられよ』
 認めてほしいのはリオンなのだが、彼女は自分はそれではないと、アマーリエが口にもしていないのに否定していった。呟きよりもささやかな声だったために、自分以外には聞こえていないようだったが。
 胸が、変に波立っている。底の方に何かあって浮いてくるような、それとも水面に手を伸ばして乱したような。
「真様」
 額ずいた女官が呼びかけた。誰か来たのだと察してアイが受けると、彼女は神殿から人が来たことを告げた。
 アマーリエが慌てて身支度を整えていくと、確かに神殿に仕える服装をした女性が待っていて、告げた。
「お目覚めになられた巫女様より、真様をお連れするよう申しつかって参りました」
「ライカ様が?」
 アマーリエはアイを見た。アイは渋い顔をした。こんな傷だらけでライカに会わせたくないというのだろう。しかし、ライカはいつ会えるのか分からない人物だ。
 それに、キヨツグ出生の公然の秘密に関わっている誰かに、これほど重要な人物はいないという気がした。
「分かりました。すぐに参ります」
 神殿の女官は頭を垂れ、アマーリエは立ち上がって先導を請うた。

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