interlude ...
幕間:Warpath
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 雪の下に、種が本当に撒かれているのかを知らない。

   *

 墓の存在よりも霊廟の方が、王宮の人々にはずっと馴染みが深い。今も線香の煙と拝する人々で溢れるところを、キヨツグは容易く想像できる。雪の降りそうな銀空の下で、少しだけ褪せた草を踏み、ここでは供えられた花束の数を見ながら、白い息を吐き出して思う。愛された人だったことも。
 今は亡き族長、セツエイという名は、雪の影と書く。キヨツグはその字を一字授けられた。男児の場合両親から字を一つ貰うのは、ほとんど形ばかりの慣習だ。今では意味はない。ないが故に、当然のものとして考えられる。そのために滅多な名付け方はなかった。
 それでも、キヨツグとしては考えてしまうのだ。では、自分の真の両親は誰だったのだろうかと。
 実の両親の字のどれもキヨツグには与えられなかった。そのようだと気付いていたのは、恐らくセツエイの字の一つが自分にあることを教えられた頃、すなわち最も幼い記憶としてだ。彼らは決して真実を隠したりはしなかった。キヨツグが命山の守護者の血筋の者であること、そのために次期族長であること、しかしそれだけではなく彼らが養父母としてではなく実の父母として育てることを決めていること。
 心に翼がなければ何も見渡せはしないとセツエイは言った。
 そのセツエイが没した。しばらくリリスは荒れるだろう。セツエイが天として断固として支えていたものが、その支えを失ったことで、ぐらぐらと揺らすものが現れたからだ。
 キヨツグは、それを面白く思っていた。決して何者にも影響せずされない者、それがリリスであると思っていたから、その価値観を揺るがすもの――命山の守護とキヨツグの存在を否定する存在があることが、大変興味深かった。
 その先鋒である人物は、年上だがほとんど年少の官吏でカリヤといった。もう一派、シェン家の分家の筋を担ぎ出す一派があるようだ。あとは、まだ幼い従弟マサキを推す一派が、主なところだろう。
 リリスに内乱は、失われた歴史の時代を考えればあまり珍しいことではなかったが、しかしこれにかこつけて戦闘を繰り返すモルグや用意周到なヒト族がつけ込んでこないとも限らない。あまり長引かなければ良いがと、墓前に微笑みかける。どこか苦笑に近かった。あまり表情は動かなかったが。
 そこへ、すっと人影が立った。放ってきたがいつか追い付くだろうと思っていた。キヨツグは、彼が珍しく口を開いたので驚いた。
「皆、キヨツグが何を考えているか分からんと」
「……考えていないわけではない」
 そうかというようにオウギは頷き、訊いた。
「何を考えた?」
 キヨツグは答えた。自身の情報の整理でもある。この生まれたときから側にいる護衛官は、決して答えをくれないからだ。間違っていても放っておくのは、無情さなのか優しさなのか。どちらもだろうと思っている。
「父を悼んでおらぬのか」
「そういうわけではない……」
 ふっと息が漏れる気配がした。仰天してオウギを見ると、傍らの男は無表情に墓を見ている。その刻名を丁寧になぞり悼む視線に、キヨツグは厳粛な思いを抱いた。
 隣り合って墓前に佇むのは、恋人でもなく家族でもない。ライカは神殿で眠っており、リオンは決して顔を合わせようとしない。唯一のセツエイは土の下だ。孤独、というのなら、それは孤独だったかもしれない。
「キヨツグ」
 また意外な気持ちでオウギを見る。彼が名前で呼びかけることは滅多にない。敬称もつけないのは、ここには誰もいないからだろう。
「……恋人はいるか」
 笑った。厳粛な面持ちで恋人はいるかときた。
「知っているだろうに。……候補は王宮に大勢いる」
 そういうつもりで訊いたわけではないことは、キヨツグが一番知っていた。笑い声が消える。
「……王になるか」
 その消えた静寂に、ぼそりとオウギは呟いた。
「王は、常に人を、心を、愛する者までもを疑い続ける。いつまでも孤独だ。お前ならば尚更だろう(・・・・・・・・・・)
 そうして、つと目を向けた。その眼の、銀の色。
 雪の色、刃の色。何者にも染まらない孤高の光。
「誰をも心に入れず、それ故に常に平等で、今まさに孤独であるキヨツグ・シェン。王の定義が孤独であるのなら、お前はすでに王だ」
 今、否定を覚えるのは、少しだけ胸が痛むからだ。
 拒絶された門の前。実母のいるはずの命山。拒絶を告げたのは、主たるその人だったと聞かされた。
 ならばなんのための後ろ盾で決められた跡継ぎだったのだろう、そうは思ったが、この身が滅びないかぎり変わりはしない事実があった。
「王の道行きに、連れていくものは限られている。妻ならいかようにも出来ようが、その他は諦めねばならぬ」
 そうオウギは言った。キヨツグは少しだけ苦笑を浮かべる。
「この身に生まれついたもとより、決まっていたことではないか?」
 そう思えば、考えることを止めた。望むものは何もなかった。
 オウギは答えなかった。色の変わらぬ息を吐き、振り返って、その方向の空を見ていた。高く、高く。始まりのリリスの駆けていた天空へ向かうように。
 政略結婚は、キヨツグにとっては当然のものだった。それだけはセツエイも拒絶しきれずに、逆に相応しい者を見定めるように年頃の娘たちを王宮に集めていた。
 義務の結婚でも、慈しめれば愛情だろう。お互いを尊重できれば関係は成り立つ。子どもが出来れば、相手の存在は揺るぎなくなりキヨツグ自身も安堵できる。そういう捉え方を抱いていた。
 曇った冬空に太陽の光は薄かった。
「……世には星の数ほど愛情があるが、王ほど孤独なものはない」
 ――後に思うのなら。
 あの時オウギは、天の地位を望んでほしくなかったのやも知れぬ。
 幻のような声だった。キヨツグは何も言わなかった。もしかしたら、本当に言っていないかもしれなかったからだった。
 答えの降ってきはしない空に。
 心に愛情がなくては誰も慈しめはしないとライカが言ったことを、思い出している。
 天であるかぎりその愛情に出会える日は来ないと、キヨツグは思った。
 思っていた。

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interlude out...



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