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 新成人の流れに乗って会場から出た途端、周囲に閃光が走った。身を竦めた途端に声が飛び始め、あまりの驚きにうまく耳に入っていなかったそれは、やがて誰もが同じようなことを口にしているのだと分かるようになる。
「アマーリエ・コレットさん! 成人式はいかがでしたか!?」
「リリス族長は一緒じゃあないんですか!」
「コレット市長とお話はされましたか」
 間断なくたかれるフラッシュ、目眩を起こすような点滅だった。くらりとするのは、それとも緊張、怒りや諦めなのだろうか。
 そして、毅然と顔を上げた。ため息はつかない。こういう時こそ笑うのだ。どんな言葉も誤摩化せるくらいの最高の笑顔を。泰然とした背筋で。
 アマーリエとて、夏からの半年間、リリス真夫人としての仕事をしてこなかったわけではなかった。領主家へ訪問、神域への参拝といった年中のよくある仕事から、王宮での年末の大祓、新年の朝賀など、いくつかの重要な行事を行ってきている。すべて初めてのことで緊張しきるのは当然だったが、一方で腹が据わったのも確かだった。実行と時間が意識が育てるのなら、アマーリエは真夫人としての意識を根ざしたものにしつつあった。
 だからこの時も、軽い調子で答えた。
「そうですね。とても良い記念になりました」
「お一人で来られたんですか?」
「主人が行きなさいと言ってくれたので」
「お子さんのご予定は?」
 しかし、その質問には凍り付いた。笑顔を浮かべられたままだったのは上出来であったとしても、言葉がすべてつっかえて固まりはぼろぼろ崩れていったために、叱責されても当然だと思った。
 そう、軋んだ思考で考えながら、浮かび上がる声があった。すまぬと言った夫の声が思い出された。誰のせいでもない。ないけれど。
 リリスの出生率は低い。無事に成長することもあまり容易ではない。アマーリエはヒト族だが、もしこのまま長く子どもが出来なかったら。出来たとしても、この手に子どもを抱く時。
 ――私はその時どんな姿をしているのだろう?
 その途端、ぐいと引き寄せられたと思ったら、オリガが長い爪でアマーリエの肩をつかんでいた。
「やぁっだー! カメラだカメラ! おかーさん見てるー!? ティキくーん、愛してるからねー!」
 ミリアがアマーリエとカメラやリポーターの間に割り込んだ。カメラを向けられた子どものようなはしゃぎっぷりで、飛び跳ねてはピースサインを繰り出す。すると調子に乗った男性たちが同じように無茶を始めて、会場前は騒然となる。
 オリガがぐいぐいと肩をつかむのでその輪を抜け出した。道を開いてくれるのはキャロルだ。しかし向こう側にもマスコミは待ち受けていた。それを、スーツの人々が阻んだ。
 もう一方の肩を掴まれてびくつくと、イリアだ。
「どいてください! どいて!」
 聞き覚えのある男性の声に振り返ると、汗を拭く男性が見えていた。それに合わせて、都市の市職員たちが必死にバリケードとなってマスコミを押しとどめている。
「どうしてここに」
 呟きの主はイリアだ。アマーリエと同じ方向を見て眉をひそめている。
「多分どっかの馬鹿がメールでタレ込んだんだと思います。そういうの好きな奴っているから」
 答えたのはオリガだ。彼女の視線はマスコミに向けられて、その視線も口調も嫌悪感が滲んでいる。イリアは「え?」と疑問を浮かべたが、すぐに真剣に頷いて、アマーリエを車まで導いた。その頃には、騒ぎを起こしたミリアとリュナが脱出を成功させていた。モーガンが抜け出してアマーリエに近付くミリアを捕まえる。
「離してよオッサン! あたしは、アマーリエの友達なのっ!」
 メイクをばっちり施して恐いくらいに『可愛い』を装った今時の娘に睨みつけられて、モーガンは身を竦めた。ミリアはふんっと鼻を鳴らすと、アマーリエに駆け寄ってくる。「ホンット、無神経!」とぷりぷりして言った。
「マスコミって遠慮ないねえ。名前聞いてくる? お父さんに社会的に潰してもらおっか!」
 リュナが明るく言うのを、オリガがこらとたしなめる。キャロルはそれが同意か見守っているのか分からない笑顔でいる。
「それじゃあね、アマーリエ。また都市に遊びにきなさい」
「元気でね」
 それは、少しばかり遠いところに行った者にかける、別れと励ましの言葉だった。確固たる約束ではない。いつも通り別れそれぞれの生活を送ることの宣言のようなものだ。けれど、深く心に染みた。こうして別れることの当然さを、なんと喜ばしいことだと思ったのだ。
「うん。……うん、ありがとう。会えて、嬉しかった」
 みんなが揃えたように微笑んで手を振った。車に乗り込むと扉を閉められ、大学生の四人は大袈裟に手を振ることはなかったが、見えなくなるまで見送ってくれていることが、バックミラーで分かった。
 オリガが腕を組んでいたのも。リュナが大きく手を振っていたことも。キャロルが両手を揃えていたことも。ミリアが、少しだけこちらに足を踏み出して寂しげだったことも。
 きっと、他の人たちには、リリスと結婚したアマーリエを、嫌悪の目や好奇の目で見ていた者もあっただろう。それでも、友人たちの存在はそれよりももっと大きなかたちで胸にある。その思いは、泣きたくなるほどの励ましだった。
 大丈夫。何が大丈夫なのか具体的にならなくとも、大丈夫だと胸が囁いた。
 車はそのまま都市を出て境界へ向かった。先に待機していたリリスの迎えが、向こうで待機している。
「ありがとう、イリア。無理を言ってごめんなさい」
「いいのよ。これでも課長なの」
「でも、あれだけの人数を敷くのは大変だったでしょう?」
 式の後に会場前に新たに現れた、大勢の市職員の人々を思い浮かべる。イリアはマスコミも見越して、警備を追加したのだろう。ああなってはリリスの親衛隊には頼れないため、事前に準備をしていたのかもしれない。
 すると、イリアは表情をなくし、次に唇の端に笑みを浮かべ、首を振った。
「あれは、私じゃないわ」
「え?」
「市長に会わなくてよかったの?」
 話が変わる。疑問に思いながらも、頷いた。
「うん。きっと困ると思うから」
「おじさまのこと、許してないのね」
 イリアの目は真剣だった。虚をつかれたが、肩をすくめた。
「あの人はもう他人だもの。私はお嫁に行ったんだから」
 それに親子の関係は義務だったと、不意にアマーリエは思った。政略結婚が義務で夫の愛情が義務からだと思い込んだ記憶が、思いに吹かれたように舞い上がる。父親と娘の関係は義務だ。何故なら父は、ただ一人にしか。
 蘇る声。『お前は――』
 風が吹いて、声を掻き消していく。空気は冷たいのに、温かい日差しに守られていた。振り返ると、キヨツグがアマーリエを待っている。
 イリアが別れに抱きしめた。帯が邪魔なのか、手が回る。彼女もまた「またね、アマーリエ」というよくある当然の別れ方をした。

   *

 夜遅くになって部屋に来たキヨツグが、アマーリエが起きていることに気付いて驚いたように立ちすくんだ後、何があったと穏やかな声で尋ねた。
「お話があるんです。他に人はいませんよね?」
 肯定が返ってくると、アマーリエは紙面を差し出した。受け取るキヨツグに、それは帯に入っていたと説明する。あの別れの時、イリアが帯に差し込んでいったものだ。
 そこには、都市のモルグに対する予算が高く組まれ始めたこと、不透明な予算の流れが感じられること、そして、私信的に、コレット市長とルーイに付き合いがあるらしいことが書かれてあった。
「……ルーイというのは」
「友人です。大学の。今、製薬の研究をしています」
 アマーリエは握った拳を口元に当てる。
「父さんがルーイと付き合って何があるんだろう……?」
 一年前には、ルーイと父に接点はなかったはずだった。紹介した覚えもなく、ルーイとてジョージ・フィル・コレットを市長として一方的にマスメディアを通して見聞きしていたくらいだろう。父はルーイなど存在を知らなかったに違いない。しかし、確かルーイの親戚の誰かが議員だと聞いた覚えもある。そういった繋がりで親しくしているのなら不思議はないように思った。
 それでもイリアは書いてきた。何か、意味のあることかもしれないと彼女も疑っているのだ。
「……都市が、モルグに対して何かを始める……モルグの様子はどうなっていますか?」
 考え込んでいたキヨツグは、アマーリエに問いかけに焦点を合わせ、答えた。
「……動きはない。この一年で小競り合いがある程度。その動きは、ヒト族が何らかの手段を講じる準備か、それともモルグに動きがあったのか、だろう」
 答えてから再び思案に沈む、その横顔を見つめる。燈籠の光の揺らめきに、濃い睫毛の影がゆらゆらしていた。アマーリエの届かない部分でキヨツグは考えている。
 彼はアマーリエが対することを選り分けるのがうまかった。無理はさせず、出来る程度。やりたいと言えば、出来る範囲のものを任せるのは、よくやったと褒めることを目的にするところがあるのだろう。その結果、人々には自信が備わる。その反面、失敗した時のことを考えるとアマーリエなど身が竦む思いだが、リリスは本当に綺麗に回っていた。
 それは、まるでお伽話に出てくる理想郷に似ていた。心穏やかに、温もりを感じられる場所。聖地の花を摘む者はない。むしろ、飲み残した水を周囲に撒いて草花を育てるような。
「……モルグ族の様子を探らせる」
 キヨツグの出した答えはそれだった。アマーリエははいと頷く。
 彼は微笑むと、アマーリエの頭を撫でて寝台を降り、先に休むように言うと部屋を出て行ってしまった。終わった仕事へ戻りに行ったのだ。
 深く息を吐いて、胸を押さえる。そして、意識的に唇を尖らせてみた。
「いつも仕事ばかりなんだから、少し休んでほしいのに」
 そして布団に潜り込む。大丈夫と唱える。それは、友人たちと別れた時に希望に満ちた色をしていない。
(大丈夫。守ってくれるもの。選ぶのは私。だから、大丈夫)
 瞼の裏に過っていくいくつもの、故郷の景色。そのビルの群れが、圧倒的な重さを持ってのしかかる錯覚を覚えながら夜を過ごす。しかしやがてほっと温かくなったのは、キヨツグが戻ってきて抱いてくれたからだと眠りの中でも感じていた。

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