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 部屋を追い出された。見えない手が背中を押し、玄関を越えてドアの向こうまで身体が押し出された。見えない手はフロアに出ると更に数を増し、アマーリエをマンションから突き出した。見えないものが恐ろしくて、必死に両親の名前を呼び、外に出れば友人たちの名前を呼んだ。
 だが、誰も止めてくれなかった。やがてゲートまで追い詰められ、そこでようやく振り返る。ゲートが開くには時間がかかるため、手はぐいぐいと肌を突き破るくらい強く身体を押していたが、行き止まりに近かったためなんとか身体を反転させることが出来たのだった。
 どうして出ていなければならないの。
 だってお前は他人だから。
 他人、たにん、他人、と無数の声が繰り返す。他人、とはどういう意味だろう。どういう意味なのと叫んだ。
 すると、声も手も沈黙した。まるで耳が痛くなるような静寂に、アマーリエの息遣いだけが荒い。世界に一線が引かれる音がし、そして、すべてが一斉になって押し寄せた。
 その血はなんだ!!
 アマーリエはそこで初めて、自分が見たこともない衣装を着ていたのを見下ろした。明らかに都市の服装ではない、過剰になびく重たい衣。左腕を伝うものに気付いて押さえれば、指の間から洩れ出す血が手のひらを濡らす。
 お前は『何』だ!!
 その血は、ヒト族ではあり得ない赤ではない色をしていた。


 自分の声のない悲鳴で目が覚めた。
 身体がだるく、時間の感覚が肌で感じ取れない。汗をかいているせいだ。身体が火照っているが背中が冷たい。
 こちらに来て初めて見た夢だった。いつも夢など見ないほどに疲れていたり、ぎりぎりまで起きて心底眠くなってから眠ったり、知らずに眠りに落ちていたからだ。
「いやな夢、見た……」
 寝台に一人。自宅でも覚えがあったが、こういう時はキッチンに行って何か温かいものを飲んだり、落ち着くまでテレビで深夜番組を見たりしていた。悪夢を見ても、誰かに頼った覚えがない。いつも、膝を抱えてどくどくと叫び続ける心臓を押さえて、夢を忘れようとしていた。そうして、もう一眠りすればすぐに忘れられた。
 でも今のものは鮮明に覚えている。ヒト族でなくなったものを、ヒト族は閉め出した、そういう夢だった。
「なら、私は閉め出されるべきものになったの……?」
 いつもしたように膝に顔を埋めた。
 もうそんなことはなくなっていたのに、何故か帰りたくなる。帰れない。帰りたい。追い出されそうになったからしがみついているのだろうか。捨てられそうになったから、捨てないでと叫ぶような、子どもじみた執着で。
 寝室を出て隣の部屋に行くと、辺りは闇に沈んでいた。空に雲がかかっているらしい。足下が心もとなく、手探りで中央と思われるところに来た。次第に目が慣れてきたが、視界はざらざらとしていて自分の周囲もよく見えない。
 あの街は、いつでも明るかった。少しずつほどいた関係の糸が、まるで視界に映る斜光のように光っていた。だからきっと明日も糸を結べると信じて、不安には思わなかった。
 あの光は今は届かない。時間の流れを感じられなかった。故郷の灰色の街は、今はどんな姿をしているのだろう。

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