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「申し上げます!」
 政務の間に慌ただしく駆け込んできた女官、真付き筆頭のアイは声と足音を乱してはいたものの、髪や襟元や正しく素早く膝を突き美しい礼をした。が、その礼も彼女の声の必死さで目に入らない。あれにただならぬことがあったのだ。
「どうした」
「真様がお戻りになりません」
 緊張が走った中、アイは詳しい状況を述べ始める。
「本日シズカ様より茶席にお招き預かりご出席されていたのですが、戻られません。シズカ様にお尋ね申し上げましたが、夕刻になってすぐに解散されたとのこと」
 時計を見た。針が示す時刻は夕餉を取る頃であり、もう外界は暗闇に沈んで宮内には灯火が入れられている。それまでに戻れぬのならば誰ぞ使いをやるだろう。王宮内で迷子になったとしても、虱潰しに探した後でなければアイはここに来ないはず。本当に姿を消したのだ。
 ぞっとした。心臓を取り出されて目の前で握りつぶされそうとしているに近い。だがすぐさま長としての自覚が混乱を押さえつける。考えなければならない。どうすれば最善か。考えるのは十三年の経歴が生み出した自然な思考回路だ。あれと接点があるのは誰か。
「シキや、マサキのところは」
「どちらも人をやりました。シキ殿は今日は真様をお見かけしていないと。マサキ様は部屋にいらっしゃいません」
「探せ」
 目を走らせる。控えていた兵士たちにも聞こえるよう告げる。
「王宮の隅々まで探せ。務めについておらぬ者はすべて捜索に当たらせよ。どんな些細なことも見逃してはならぬ」
 はっと敬礼し、兵たちは去っていく。アイも深く叩頭して再び走った。
 自身は動いてはならない。情報が聞くのが遅くなる。以前とは違ってそう考えるのは、キヨツグ自身恐らく彼女が逃亡したからだと確信に近い推測を抱いているためだった。
 マサキがアマーリエに恋慕していることは、推測ではあったが頭の隅にあった。でなければあの軽薄であっても堅実な従弟は、危険を冒して後宮に位置する寝殿まで来ないだろう。二人の間に何があったかまでは知らぬが、マサキはほとんど確実にアマーリエに会うことを目的としている節があった。キヨツグはすでにその情報を手に入れ、握りつぶした。握り潰す以外に何が出来ただろうか。責めて、処罰することは簡単だ。だがその結果あれはこちらをどう思うようになるか。欲しいのは心だというのに。
 だがその報告を受けた時に消したものが燻っていたことに気付く。それはあっという間に何度も息を吹きかけられて、次第に音を立ててすべてを巻き込んで燃え盛り始めた。
 どんと部屋が振動するくらいの力でキヨツグは耐えきれず拳を叩き付ける。鈍い痛みが広がっていった拳が小刻みに震えた。爪が食い込む掌。だが痛むのは手などではない。噛み締める唇でもない。
 お前の居場所はここだと言ったのに。
 情報が集まってくる。最有力な情報は、アマーリエが最後に見かけたのはシズカの茶会だというものから、やがて、厩番の者がこんな時間に馬を引き出していくマサキに会ったという情報に変わる。そして門番へ。門の近くでマサキが人を乗せて走り出したのを見たそうだ。
 恐らく、その人物がアマーリエだ。逃亡の事実がのしかかる。これだけの捜索を行った。戻っても、自分には守ってやることは出来ないだろう。しかし、それが責任だった。当然の報いだと納得する自分もいた。すぐに押さえつけられて消えてしまったが。
「ユメ御前」
「は」
「小隊を一つ連れる。用意せよ」
「はっ!」
 ただそれだけしか考えられなかった。

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