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 会議は深夜まで及び、することがなく整えられた寝間に先に入っていたアマーリエは、眠りに落ちかけた意識の中でため息を聞いた気がして目をこじ開けた。部屋の隅の燈と、新しく枕元の棚に置かれた手燭が、影の濃い顔を照らしている。少しだけ薄暗いため、瞳の輝きと灯火の輝きが不思議な光として見えた。
「……キヨツグ様」
 声をかけると、寝台に腰掛けた彼はこちらを向いた。
「……起こしたか」
「いいえ……決まりましたか」
 頷きが返ってきた。
「……来月、都市へ行く。お前とライカ様には留守を頼む」
「はい。分かりました」
 キヨツグは寝そべるアマーリエの髪を梳きながら、「……従姉殿が来たと」と呟いた。
「信頼できる人です。都市の話を……聞かせてもらいました。代わりに話をしなければならなかったけれど」
 しかしリリスの核心に触れるような話はしなかった。アイたちが聞いていたというのもあるし、イリアがまた異種族の地で無礼や無粋を働くような人間ではないということもあった。しかし、彼女がしたのは世間話ばかりではない。
 別れ際に囁いていった、あの言葉。
「……どういう人物だ?」
 緩く瞬きをして考えを打ち消し、答えを探す間を、キヨツグは半分寝ぼけているからだと思っているようだった。
「昔から、意志の強い子でした。弱い人間を守らなければならないっていう正義感に燃える人で、立ち回りもうまくて敵は出来ないっていう特徴があって。でも、敵に会うと燃えるタイプなんです」
 それはそれはとキヨツグが笑ってくれたのでほっとする。それでも、彼の顔には疲労が濃かった。リリスでの会議と、都市の面々を前にした会議、二度に渡って意思を押し通せば疲れもするだろう。都市への、異例の訪問。一日で決まったことは、キヨツグの手腕によるのだろうなと思った。
「異種族交流課に所属したのは、そこが穴場だったからだって言ってました。女である自分が名を挙げるには並大抵のことじゃだめだって。汚い行いでのし上がると後で弾圧されるから、正当さを訴えて王道を行くよって」
「……変わっている」
「でしょう。だから私大好きなんです」
 そして手燭を消して寝台に入るキヨツグを見ていたが、アマーリエは笑い声を途切れさせてしまった。
 彼が黒髪を解けば、それは深い深い闇の流れになる。瞳は黒でも、本当の純粋な漆黒で、アマーリエはイリアと会ってからリリスの人々を思い返し、また観察もしていた。ヒト族の使者が来ているから面を着けているため、瞳の色が強調されて目につきやすかった。
 キヨツグのような黒を、他のリリスは持っていない。
「……どうした?」
 優しく問いかけてくれるが、アマーリエは口を開きかけて閉じる。
(……聞けない)
 聞けるだろうか。イリアはとても気持ちのいい人物で、どこでそんなことを聞くのだというようなことまで知っている情報通だけれど、彼女はアマーリエにとんでもない疑惑の種を植え付けていったのだ。
 しかもそれが、リリス族長キヨツグという存在を揺るがすようなものであり、彼自身の過去に関わるものだったのなら。
 キヨツグは、アマーリエに話そうとはしていない。話さないとしているものを、聞こうとすべきと言えるだろうか。聞けないだろう。少なくとも、アマーリエはそうだ。
「おやすみなさい……」
「……おやすみ」
 ここにこの人はいるから、大丈夫。しかしそれが揺らいでしまえば、そんな呪文は意味をなさない、虚しい響きになるだけだった。

   *

 王宮は騒然となり、時間をかけて念入りな準備が行われた。キヨツグは都市と話をするために離宮へ赴いたきり帰ってこない日々が続き、アマーリエはアマーリエで、王宮外での医師見習いとしての仕事の準備に追われていた。
 いつの間にか花の季節は水の流れよりも緩やかに過ぎ去ろうとして、丘に咲く花を共に眺める機会を逸してしまったことに気付いたのは、あっという間に来てしまった別れの日の前日だった。キヨツグがした、アマーリエが王宮に入った日のただ眠るだけの夜に、話をしたエリカの名を持つ花。その花を、今年は見ることはなかった。
 出発の日、キヨツグは早朝から祖霊の廟に詣でて丁寧に祈りを捧げ、覆いをつける前にアマーリエに別れを告げた。
「行ってくる」
「無事をお祈りしています」
 顎に手を添えられ、上向かせられる。人目もはばからず下りてきた唇が、アマーリエのそれに触れた。
「……!!」
 してやったりとキヨツグは笑いながら顔の半分を覆いで隠す。ぱくぱくと真っ赤な顔で口を開け閉めしたアマーリエは、もう何も言わずに観念することにした。周囲の笑い声を聞けば当然だった。額を押さえて顔を背け随分素っ気ない態度を表して抗議するだけだ。
 しかしそれも予感に萎む。考え過ぎだと言われるもの、例えば、都市で見ていたテレビドラマなどでよくある、これが今生の別だったらという、妄想のようなひどい想像に、後悔したくないと叫ぶ心のままに顔を上げる。だから、精一杯の笑顔で送り出す。
「いってらっしゃい」
 キヨツグは抱きしめることで応えてくれた。
 出発の号令を聞く。見えなくなるまで見送った後、アマーリエはまず携帯電話でイリアにメールを打ち、キヨツグの動向を知らせてくれるよう願った。読み終えたメールの重みを、未読メールがゼロの状態である受信ボックスに見て、アマーリエは祈った。
(どうか、私がリリスの害になることがありませんように……)
 あの人のいないリリスの国を守れるように、どうか、自分が醜いものにこれ以上ならないように。
 祈ってしまうのは。
 きっと、自分では止められない何かの存在を感じていたからだった。
 キヨツグの向かった都市の方角は、晴れ渡る空が広がっている。

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