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 報告をさせてください、と帰還して早々に時間をもらい、夜更けになってからアマーリエはキヨツグにこれまでの出来事を説明した。できるだけ感情が入らないように、彼の機嫌を伺うような態度は控えたけれど、すべてを聞き終えたキヨツグが深く考え込んでいる様子には、さすがに緊張を覚えた。
 場所はキヨツグが私的に利用する部屋で、女官も侍従も遠ざけられ、二人きりだ。お茶はすっかり冷めていたが、気まずさを隠すためにアマーリエはそれに口をつける。すると、キヨツグも思い出したように茶器を手に取った。
 一息ついて、彼が口を開く。
「……不在中の出来事については、長老たちは官からも報告を受けている。大変だったようだな。よく留守を守ってくれた」
 それきり黙ってしまうので、アマーリエは目を瞬かせ、少し迷った末に言った。
「……勝手なことをするなって言われるかと思っていました」
「……そのような振る舞いをした自覚はあるのだな」
 うっと首を竦め、「はい」と答えて項垂れる。都市から戻ってきたら話したいことがあると言われたのに、アマーリエはそれを反故にするような形で、キヨツグの秘密を暴いたのだ。しかも最後にはそれをリリス中に広めてしまった。
「申し訳ありませんでした」
 アマーリエは頭を下げたが、不思議なことに、キヨツグはこのことについて怒りを覚えている様子はないようだ。表情が変わらない。
「……真夫人らしからぬ行動を取ったことを反省しているのならば、それで良い。命山については……」
 そのとき初めて彼の表情が変化した。少しだけ困ったように眉が寄るが、それきり口を閉ざしてしまう。めずらしく何か言いあぐねているように見えた。
 じっとそれを待っていると、ぽつり、と彼は呟いた。
「……これまで、彼の地に働きかけようと思ったことはなかったが、このような結果になったことに、少し驚いている」
 あまり顔には出ていないが、キヨツグなりに思うところがあったらしい。
 養父母となった前族長夫妻に生まれたキヨツグを預けたという、命山の女神とその伴侶のことを思う。
 女神リリスもまた、キヨツグと同じように相手に何か働きかけようと考えたことはないようだった。その資格はないと思っているようにアマーリエには感じられた。キヨツグが前族長夫妻の子どもとなったときに、互いの関係性を清算したものと考えているのではないだろうか。それを思うと、そっくりな親子だった。
「リリス様は、素敵な方でした」
 キヨツグが目を上げて、微笑むアマーリエを見た。
「優しくておおらかで。楽しげで。明るい方でした。助けたいと言ってくださって、その通りに行動してくださいました。感謝してもしきれません。キヨツグ様には余計なことだったかもしれませんが……」
「……すまぬ。未だ困惑が強いゆえ、歯切れの悪い物言いをしてしまった」
 キヨツグは戸惑いを振り払い、しっかりと自分を見定めるような顔つきになった。
「……命山の主には何も望んだことはない。命山は必要以上に地上に干渉せぬもの。その主と血の繋がりはあっても、それ以上のものではないと思っていた。恐らく一生関わることはないと、双方考えていたことだろう」
 だというのにアマーリエがやってきた。このキヨツグが困惑したというなら、リリスもまた驚いたにちがいない。
 けれど彼女は助けを求めたアマーリエに、なんら躊躇うことなく救いの手を差し伸べてくれた。秘めた思いがあるのなら、リリスはキヨツグのことを生まれてからずっと気にかけて、愛しているのだろう。
 近くにいるはずなのに、少しずつ心が遠ざかっていたアマーリエと父とは正反対だ。
「……それでも、お前の求めに応じて行動してくれたことには、感謝を覚えている。命山の主にも、お前にも」
 アマーリエはきょとんとした。
「私? 私は何も……」
「……お前がいなければ、命山の主の心を図ることはできなかった。お前が『素敵な方』だと言うのならそうなのだろう。一方で、命山の主が私を至らぬ族長だと知って肩を落としていなければいいのだが」
「そんなこと!」
 思わず声を上げて身を乗り出す。
「だったら私、お手紙を書きます。ライカ様が送っているみたいでしたから、お願いすればきっと届くと思うんです。キヨツグ様がどんなに優しくて立派な方か、しっかりお伝えしますから」
 必死にまくし立てているアマーリエに、キヨツグが手を伸ばした。
 するりと頬を包まれ、少し冷たい指の感触が気になってしまうせいか、口にしようとした言葉が消えていく。
「あ、の」
 キヨツグは黙ったままアマーリエを引き寄せると、唇を触れ合わせた。
 柔らかく食むような動きにぞくりと背筋が震える。
「……恐ろしくはないか」
「え、えと……正直に言って、少し……」
 キヨツグが眉をひそめたように見えて、慌てて袖を掴む。
「で、でもこれは私が『こういうこと』に慣れていないだけなので! どきどきしすぎて、どうしていいかわからなくなってしまうんです……すみません、あの、頑張り、ます……」
 妙だな、と思わせる長い沈黙があった。
 そろりと目を上げる。
「……キヨツグ様?」
「……人ならざる者の私が恐ろしくないか、と聞いたつもりだった」
「えっ!?」
 自分の勘違いを悟ってアマーリエは絶句し、真っ赤になったが、キヨツグの柔らかい眼差しに絡め取られるようにしながら再び唇を合わせられて、言葉を飲み込むしない。
「……そうだった。私が何者であっても、とお前は言った」
「キヨツグ様、」
「……約束通り、話したいことがある。私や父母のこと、命山の主について。聞いてくれるか」
 アマーリエの答えは決まっていたけれど、耳元で告げられた囁きのせいでやはり言葉にならず、頷くことしかできなかった。そんなアマーリエを愛おしいものとして抱きしめたキヨツグは、柔らかなキスの雨を降らせた後、静かに語り始める。
 最初は、歪だったかもしれない。
 けれど少しずつ、互いの望む夫婦の形を作ろうとしていると感じられて、アマーリエの心は穏やかな幸福に満たされていくのだった。


       *


 その日の夕刊の紙面を飾ったのは、リリス族長キヨツグと第二都市市長の令嬢アマーリエの仲睦まじい写真だった。見出しは『政略結婚と世紀の恋』と付けられていたが、アマーリエがそれを見ることはないし、関係のないことだった。
 関係のないことだった、いまは、まだ。

 積み上がったあらゆる紙面を握りつぶした者。
 破り捨てて切り裂いた者。
 彼らは呪いの声を上げる。
「アマーリエ……!」
 ここにいない彼女の名に込めた愛を、怒りと憎しみに変えて。

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