12. 不穏な気配
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「リワム・リラは人を呪い殺す」というのが昨日の落書きだったが、今日は鳥の死骸だった。何故かちょうどリワム・リラが散歩に出掛ける時間に置かれているので、最初に出て行って確かめるのは女官たちの役目になった。一番ひどかったのは馬の首の剥製が赤いインクに浸して置かれていたことで、血だと思って悲鳴を上げて泣き叫んだが、よくよく見ると脱力した。
 女官たちは心配してくれて、リワム・リラが部屋を出る時には二人一組で中にいると申し出てくれたのでそれに甘えた。部屋の中にまで入られると思うとぞっとする。
 キール・シェムたちからは接触はなかったが、オルハ・サイとは仲良くなれた、と思っている。素敵な本を手に入れたから。衣装をあつらえるから一緒に考えて欲しい。そんなことを言われて、彼女の部屋にお邪魔することが多くなっていた。自分の部屋に彼女を呼んでおしゃべりすることもあった。
 庭園でお茶をしようということになったのは、中庭の花が見頃だったからだ。綻び始めた赤い大輪のシアルーが薄い花びらを乾いた風にそよがせている。魚のひれはきっとこんな柔らかく動くのだろうと思いながら庭園を抜けると、東屋にもう用意がされてあった。
 辺りを見回すが誰もいない。用意だけをしてどこかへ行ってしまったらしい。少しだけ行儀悪く皿の布をめくってみると、美味しそうな焼き菓子が盛られていた。あっちの皿は砂糖菓子だ。
「あら、リワム・リラ?」
「オルハ・サイ」
 女官に皿を持たせたオルハ・サイが、すでに特徴となったフィルライン風のドレスで現れた。
「いま、人をやったところなのよ」
「ごめんなさい。花が綺麗だったからゆっくり来てしまって」
「いいえ、いいのよ。わたしもちょっと離れていたから」
 さあお茶にしましょう、と彼女の大好きなフィルライン産の茶葉でお茶を頂くことにした。
「まずお菓子を食べてみて? 調理法を再現してみたのよ!」
 真四角で手の平に乗る大きさの、ふんわりとした感触のお菓子。口に入れると溶けていくほどの甘さだった。思わず目を見開いて口に手を当てる。
「美味しい……!」
「でしょう? わたし、もし王妃になったらカリス・ルーク様にいつもこれを食べていただくわ。お母上の故郷のお味よ」
 二人は茶器を手にする。
「カリス・ルーク様、今日は午後から軍の視察なんですって」
「そうなの? よく知ってるのね」
 どこから聞くのだろうと首を傾げると、オルハ・サイは秘密めいた微笑みを浮かべた。
「毎日何をなさっているのか、情報収集は怠っていないわ」
 ねえと女官を見る。なるほど、そういう風に情報を集める手があるのかとリワム・リラは驚いた。
「今のところ、候補の誰にも会ってはいないみたい。女官に様子を見させているのかしらね?」
 こちらが情報を手に入れられるのなら、この城の主にも情報は簡単に伝わるのだ。カリス・ルーク様は候補たちの様子を知って、何をするつもりなのだろう。何かを待っているような気がする。その時ぽんとキール・シェムのお茶会が浮かんだ。何故かは分からなくて心の中で首を傾げる。
「いやがらせは続いているの?」
 オルハ・サイがそっと尋ねる。もしかして考え込んでいたのが憂鬱そうに見えたのかなと思って少しだけ笑った。苦かったけれど。
「ええ。これ以上はひどくならないと思う。我慢していればなくなると思うの」
「城を下がろうとは思わないの?」
 その声の低さに驚いて彼女を見る。
「……考えたことなかった」
 本当に、それは考えたことがなかった。何故だろう。候補として登城するのが役目で、それ以上を考えなかった。ただウィリアム様が言って、姉が言ったから。
 何故私はここにいるのだろう。
 オルハ・サイは少し顔をしかめていた。不快にさせてしまったと思って口を開こうとすると「本当にひどい人たちよね」とそちらに不快さを覚えていたらしい。
 二人で茶を含んだ瞬間、リワム・リラは顔をしかめた。
 何か、苦い。変な味がする。オルハ・サイの好きな茶はこんな味ではなかったはずだ。突き刺さるようなえぐみを感じて吐き出した。オルハ・サイもまた。
「……変な味がする」
「気のせいじゃないわよね?」
 まさか、と茶器の茶を見た。
「何か、お茶に入って……」
 自分で呟いてリワム・リラは青くなった。また嫌がらせ? 血の気が引いたが、自分よりもいっそう青ざめているオルハ・サイを見て我に返る。すぐに女官を呼んだ。
「早く口をすすぎましょう。お願い、水を持ってきて」
 女官は慌てて飛んでいく。
 いくらなんでもこれはやりすぎだ。オルハ・サイまで巻き込むなんて。
 どんどんと悪意の渦が大きくなり始めた。周りにまで及んでいく。それが悔しくて、守れないのが腹立たしくて、リワム・リラは行き場ない拳を握り締めた。
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