31. 呪縛
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「カリス・ルークはどこにいる!」
 口々に叫んで、反乱者たちは王宮を蹂躙していた。武官、文官、下働き、商人、それぞれの手引き、各所に潜伏していた彼らは覆面を身につけ、爆薬を手にして逃げ場を潰すように宮殿を破壊して回った。
「探せ、探せ!」
「偽りの王の首を!」
 カリス・ルークを見たという知らせを受け、攻め込んでみればただ武官と兵士たちが見せかけに立て篭っているだけだった。カリス・ルークとウィリアム・リークッドがどこかにいる。あの執務室の爆破では仕損じていたのだ。またひとつ、立て篭っている部屋で、部隊長は大声で兵士たちを叱咤していた。
「持ちこたえろ! カリス・ルーク様があやつらを呼ばれるまでは!」
 しかしその扉が爆発によって吹き飛ばされた。
「馬鹿なこと言わないで!!」
 はっとした瞬間、心を叫んだ時には世界は元通り、厳しい緊張感に包まれていた。アン・ヤーとナラ・ルーが引きつった泣き声を上げて、皆、青ざめて襲いかかる絶望感に耐えている。リワム・リラから目を逸らし、自身の孤独のような絶望に。
 リワム・リラは世界の線が揺らいで元通りになったのを見た。
 自分が何かをしたのは気付いた。しかし何をしたのかは分からなかった。
 複数の足音が聞こえてきて女たちは身体を浮かせる。しかしそれは反乱者で、がっくりとうなだれた。
 現れた覆面は告げる。リワム・リラが知っているはずの、その内容は。
「まだ見つからない。ちょろちょろ動き回ってるようだ」
 鳥肌が立った。
(これは……夢? それともさっきのことが……?)
 知っているはずの内容とは、全く違っていたのだ。まるで出来事が書き換えられたように。
「カリス・ルークもウィリアム・リークッドもか」
「そう、どちらも」
 漏れ聞こえた囁きに女たちは希望を見出す。リワム・リラも、理解できない出来事は振り捨てて、迫り上がるような喜びを胸いっぱいに吸い込んだ。
 しかし、反乱者たちの目が向けられた。
「リワム・リラ。来てもらおう」
 場が凍る。お付きの女官たちが青ざめたのを見て、リワム・リラは倒れるわけにはいかないとぐっと力を入れた。
「……なぜ、行かなければならないのですか」
 問い返す勇気を持った娘に、反乱者は覆面の下で愉快げに顔を歪めたようだった。
「カリス・ルークはお前にご執心だろう? 餌になってもらう」
 これから何が起こるのか分かっている、ぞっとするような暗い笑い声だった。
「私は、カリス・ルーク様と親しくはありません」
「そんなはずはない。報告が来ている。さあ来い!」
 乱暴に腕を掴まれ立ち上がらされた。表面上は声を張っていても、内心は混乱で満ちていた。
 どうしよう、どうしよう。このままじゃ人質にされる。
(お二人を、追いつめるようなことに……!)
 その時目に入ったのは、男の腹に挿してある短刀だった。
 目に入った時にはすでに腰に向かって飛びかかっている。身体を低くして足の付け根に飛びついたのが不意をついたらしい。男は怯んだ。
「っこの!」
 だが突き飛ばされ、床を転がった。女官たちの悲鳴が上がる。
 反乱者たちがリワム・リラの前に立ちふさがるが、手の中には短刀があった。それを向ける。重かった。本物の命を奪う重みだった。
「無駄な抵抗を――!?」
 反乱者は六人。人質もある。勝ち目はないことは分かっている。
 せせら笑う反乱者を睨みつけ、リワム・リラは自身の首に刃を当ててみせた。息を呑んだ彼らから目を離さずに、ゆっくりと微笑んでいく。
 これで自分のせいで二人が傷つくようなことはない。
 だから、笑った。
「私は死んでお前たちを呪ってやろう」
 低い声で、目を逸らさずに笑いながら言うと、反乱者たちが青ざめるのが手に取るように分かった。
 誰かを救うために呪う。しかし救うためであってもこれは呪いだ。自分の魂まで堕ちていく、決して呼び起こさないと誓ったものを使っている。相手を呪えば同じところへ堕ちるだろう。しかしそれでも、救うためならば。
 呪いに応えたのか、光の線と影の線がはっきりと境界を濃くし始める。
「この黄金の瞳はお前たちに取り憑き、お前たちの命と魂を喰らい尽くしてやる」
 空気が光っている。
 火の粉よりも小さな粒子で、呪いと呼ぶには美しく、輝き始める。
 ひときわ雄々しく、リワム・リラは笑った。
「魔女の呪いを受けよ! 災いあれ!」
 金色の瞳が輝いた。
 女官の制止の声、凍り付く者たち、反乱者たちが一瞬立ちすくんだその刹那、リワム・リラは短刀を握る手に力を込めた。
 いつも救ってくれる人――カリス・ルーク様。
 いつも見つけてくれる人――ウィリアム様。
 私は。
 あなた方を守る者になりたいのです。
「あっれー?」
 間の抜けた声が聞こえたのは正にその時だった。
 光る空気が凝縮し、頭上で何かを形作る。
「ぐおっ!」
 先頭にいた反乱者二人が降ってきた何かに押しつぶされて床にめり込んだ。
 上から降ってきた何かは、人、だった。ひょろりと背の高い、幼い印象の若者。導衣を身につけた、白い肌と茶色の髪の異国人。
「うわ、ごっめーん。目測誤っちゃった!」
 えへへ困ったなあと何故か照れ笑いで呟く場違いな侵入者に、ぽかんとしていた彼らは不意に我に返って剣を抜いた。
「うわっ」
 若者は持っていた太い杖でそれを受け止め、押し返して飛び退る。
「攻撃されたら反撃してもいいんだよねえ」
 彼はぺろりと舌を出した愛嬌のある顔をすると、鋭く言葉を紡いだ。
「【風】!」
 ごうっと空気が答えた。風を生み出し、青年に従う。
 彼は、立てた杖をすっと振った。
「【斬】!」
 その言葉で、どこからから滑るように見えない刃が飛んで、反乱者たちを切り裂く。何度も、何度も。
「う、あああ!!」
「っく!」
 そして青年は更に言葉を紡いだ。
「【風 縛】!」
 何かが収束する音がして、切り裂かれた反乱者たちの手が、見えない何者かによって後ろに回され、足が押さえつけられたようにぴったりと閉じる。まるで縄で縛ったようだった。もがきながら声も出せないところを見ると、口にも何かが覆っているようだ。
「ま……」
 呆気に取られていた女たちの、誰かの口からその言葉が漏れそうになる。
 不思議な力を持った青年は、首をこきりと鳴らして息をついてからようやく、女たちに気付いて不思議そうな顔をした。
「あれ、君、確か……」
 視線はリワム・リラに向けられた。また私? と身構えて手の中の短刀を握り直す。
「リワム・リラだ。えーと、あの時はウィリアムだっけ、街で一緒にいたよね?」
 リワム・リラは眉を寄せる。
「こうなると分かる?」
 彼は手のひらで顔を覆うと、子どもをあやす時のようにぱっと広げた。手は白いのに、顔の部分だけが肌の色が黒くなる。不可思議な術に驚く前に、見覚えがある顔にあっとなった。
「え、エスカ、さん!?」
 再び顔を覆って手を離すと、彼はまた白い肌の異国人に戻っていた。
「魔術師……」
 ついに誰かが言った。呪われた力を持つ者を前に、怯えたような引きつった呼吸が聞こえる。
「で、聞きたいんだけどさー。ここ、どこ?」
 のんびりと尋ねた魔術師の青年に、リワム・リラは泣き出しそうなほどの希望を掴んだと思った。

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