大陸を征服した王様は、求婚してくる娘たちに言いました。

「そなたたちは私に何を与えられるか」

 すでに彼は何もかもを手に入れていたので、自分の手では手に入らないものがあるなら見せてみろという問い掛けでした。傲慢な王者の問い掛けで、その答えいかんで、彼は妻を決めようとしたのです。
 たくさんの娘たちが王の質問を受けました。娘たちはそれぞれに答えました。
 金銀財宝、宝石、異国の衣装千着、美女百人、領地そのもの、愛と言った者もいましたが、王は納得しませんでした。

「そなたは何を与えられるのだ、私に」

 幾度口にしたか分からない質問を、彼は目の前の美しい姫君に投げかけました。姫君は答えました。

「あなたは国々を征服されました。この世であなたのものでないものはひとつもございません。ですからわたくしは、あの天に輝く月を差し上げようと思います」

 姫君はワインをグラスに注ぎ、そっと動かしました。
 紅い液体の上に、金色の光がゆらゆらと揺らめいています。

「これを飲み干せば月が手に入ります」

「なるほど、ワインに映った月を飲み干すというわけか」

 子供だましの遊びに、王は不快な顔もせずに笑っていました。子供のような表情でした。
 姫君は微笑んで、言いました。

「ご存じの通り、これは一時的な魔法です。夜が来れば終わってしまう……」

 姫君は席を立ち、月を見上げました。踊るようにくるりと王を振り返ると、首を切られてしまいそうなほど失礼な言葉を、美しい声で、詩を朗読するように紡ぎました。

「まるでこの王国のよう。いずれ終わってしまう、夢でございますね」

 王は首を切れ! と叫ばずに、笑いました。笑いすぎて侍従が顔を覗かせるほどに。侍従を下がらせると王は言いました。

「そなた、面白い事を言う。そうだ。この国は夢だ。人々の夢。そして私の」

「わたくしの夢でもあります」

 王はワインを飲み干しました。姫君は楽しそうに笑いました。

「さあ、これで月はあなたのもの。あなたの月まで一緒に参りましょうか?」

 二人は手を取りました。
 風が吹いて、カーテンが揺れます。ふわりとベールのようなそれが落ち着いた時、そこには誰の姿もありませんでした。





 ワ イ ン グ ラ ス の 中 の 月

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