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 エルディア国境城塞に帰還すると、王都から軍を指揮してきた指揮官と顔を合わせることになった。白髪まじりの男にしかつめらしい顔に、グレイは複雑そうになった。会いたくなかった、と思っているようだった。
「キルタ公」
「ご無事のご帰還、心より安堵いたしました、殿下」
 引っかかりを覚え、すぐに思い出した。
 キルタ公爵。死体となってさらわれたジェシカ姫の父親だ。



第5章 宵闇と紺碧の死



 レシュノルティアは兵たちにまぎれ、姿を隠した。公爵とは絶対に顔を合わせないようにしようと思ったものの、青髪の女傭兵の存在は、同じ傭兵から警備兵、下働きなど、周辺の人間はみんな知っている。しかも隣国で派手なことをしでかしたばかりだ。レシュノルティアのことが公爵の耳に届くのは時間の問題。早くここを離れることにする。
「隊長、もう行くんですか?」
「ああ。長居しすぎた。アイサイト、色々助かった。ありがとう。別途報酬を出すよう、グレイに掛け合っておく。そういうのは出し惜しみしないと思うから、心配するな」
 いなくなったレシュノルティアを案じてディピアまで潜入して連絡をつけ、同時に戦況がエルディアの有利になるよう暗躍した。恐らく、最大の功労者はこのアイサイトだろう。
「別にそういうのはいいんですけど……その、グレイって、この前の救出対象で、アウエン王子のことなんですか? 本当に?」
 信じられない、という顔で首を振る。
「王子、大変みたいですよ。帰ってきたばかりなのに公爵につつかれてるみたいです。休む暇もないですね」
「……そう、か」
「娘が行方不明で、なのに別の人と結婚したんでしょう?」
「…………」
「ええ。それで、ですね。……王子が結婚した人って、隊長は知ってますか? なんでも、めずらしい青髪の女性という噂がですね……」
 ジェシカ姫の遺体を奪ったのは魔術師で、その責任は多少なりとも、魔術師と関係している自分にもあるのではないか――考えていて、アイサイトの言葉はまったく聞いていなかった。
(責任は、ある。少しはある。だがグレイを助ける義理はあるのか。あれは詐欺師だぞ、大嘘つきだぞ。いろんなところで嘘をついているしっぺ返しが来てるだけだろう)
 うん、と頷くと、荷物を担いで城を出る。
「あ、あの、隊長?」
「じゃあな、アイサイト。元気で」
 いつものように軽い言葉で別れを終えて、城塞を出る。
 もう少し情報が欲しい。諸国で他におかしなことが起こっていないだろうか。魔術師が地道に死体を集めているだけだとは思えない。そもそも、これが本当に魔術師の仕業なのか。
 ぎくっ、とする。
 ――私は、今、何を考えた。
(魔術師はいる。私の想像じゃない。辿れないだけで、確かに結びついているのが感じられる。だから、魔術師は、ちゃんと、この世界のどこかで、私を……)
「……公爵にも困ったものだ」
 金の肩章をつけた二人が、廊下の隅で眉をひそめていた。グレイ付きの騎士たちだ。
「殿下は安静にしていなければならないのだろう? なのに公爵はああして押し掛けて」
「見舞いって言われたら断りにくいからなあ……。それに公爵には同情するところもある。娘が行方知れずなんだから、殿下しか責める相手がいない。だからこそ、殿下もお断りしないんだ」
「……あ」
 見つかった。思わず立ち止まって聞き耳を立てていた自身の粗忽さに舌打ちしつつ、目礼してその場を立ち去ろうとしたが、騎士たちが早足で近付いてきた。
「行かれるのですか?」
「え、ああ……」
「だったら少し待ってください。殿下から、旅装やいろんなものをお渡しするように仰せつかってるんで」
「は……?」
 言われた意味が分からず、身体を返した騎士の襟首を掴んだ。
「ちょっと待て、グレイは何を言った!?」
「う!? は、あの、あなたは恐らくすぐに城を離れるから、一人分の旅支度を整えておくように言われただけです! 苦しいんでちょっと離してください!」
 言われずとも離してやる。だが、掴むものがないと両手がぶるぶる震えた。
「あいつ……!」
 まだ療養が必要な身で、公爵の責めを受け、それでも甘んじて受けるべきことだと思って、黙って聞いている。そうして、その手がレシュノルティアに及ばないうちに、レシュノルティアだけを逃がそうというらしい。
 自分がどんな顔をしているか分からなかったが、レシュノルティアは低く、ぎりぎりとした声で、発作的に笑い出した。
「あの、阿呆が……!」
 騎士たちが、ぎょっと身を引いたのが分かった。

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