そして、防犯ベルが鳴り響く音よりも大音響の駆動音が会場を揺さぶった。
 その前にテレサが立ち、首を妖艶に仰け反らせながら、肩を変化させ始める。
 スマートな銃身は、黒よりも可憐な印象を受ける白。真っ白の蔓が身体に絡み付き、背中には大輪の花が開いた。とてつもない熱量を吐き出したそれによって、テレサの身体はわずかに浮かび上がる。
 空中に対応した【魔女】なのだ。
 次の瞬間入り口から弾幕を張ったのは、ヘルメットにゴーグル、防弾チョッキを着込んだ戦闘員たち。
 紗夜子は手を掴まれた。
「行くぞ!」
「え、えっ!?」
「逃がしません」
 テレサの銃が紗夜子を狙うが、ダイアナが飛び出した。後ろに向けた手を勢いよく前に振った瞬間、強力な電気のような固まりが彼女の手から放たれる。磁石に似た役割を果たしたのか、鉛弾を絡めとり、二つの力の固まりが結びついて、後ろの装置にぶつかる。
 男は紗夜子の手を引いてテーブルを蹴飛ばすと簡易的な盾にする。そこに滑り込んだ瞬間、連続的に吐き出された銃弾が床を穿っていく。滑り込むぎりぎり、ふくらはぎの辺りに、鋭く飛んだ空気の感触があってぞっとした。
 膝の上に放られたのは、ホルスターに収まった銃が一丁。
「銃」
「と……」
 言葉が出なかった。
「トオヤなの!?」
「あ?」
 めちゃくちゃ不機嫌な声。間違いない。
「今頃何言ってんだ」
「だって顔ぜんぜん違うじゃん!」
 金茶の髪はどうした。いつもの寝癖放題の髪は。目つきだって先程はずいぶん優しかった。良家の子息、だけどちょっと家が嫌いな研究者という感じだったのに。
「どうして!?」
「それ以上訊いたら放り出す」
 言葉を呑み込む。

 ダイアナもまた姿を変化させ、上半身はブラウスを袖無しに羽織っているような状態になっていた。首筋に電気信号のようなものが時折光り、脈打って見える。銃のような火器は装備しているわけではないようで、雷撃と体術でテレサと対峙している。
 テレサはしかし、それよりも早い。空中での機動は遅いが、動き始めると、翻弄するように空を舞い、上空から銃弾を叩き付けている。決して紗夜子を逃がさないようにだろう、入り込んだUGたちは許しても、外に出ることを許そうとはしない。
 雨霰と降り注ぐ攻撃。防戦一方の中で【魔女】たちだけがしのぎを削っている。会場は見るも無惨な姿となり、ホテル自体も不安定に揺れているのも感じられる。UGたちが攻撃を仕掛けたのだろう。

「お前の保護命令が出た。出所はUG本部。ミッションは、【女神】候補認定を受けた高遠紗夜子の保護、擁立」
「え?」
「だからお前をUGに誘拐する。タカトオとエガミからお前を奪う。……いいか?」

 絶え間なく空気を震わす銃弾は本当の雨のように優しくもなく、爆発音は花火のような情緒もない。焦げ臭いにおいは一生ものになるくらい最低な思い出として座り込むだろう。

「……ぺらぺら喋っていいの?」

「俺ら、クリーンなレジスタンスなんでね」

 何度も繰り返し迷った。後悔と決意で振り返り振り返りやってきた。決意なんて、結局は言い訳に過ぎない。でも瞬間瞬間に「こうしていたい」と思うことこそ、選ぶことなのだと思う。
 トオヤはきっと、誰かのために戦うだろう。
 ――だったら、私は?
 誰かに存在を否定されながら生きていたい、どこまでも生きてやると誓った私は、一体何のために戦うのか。

 手を伸ばす。
 駆けていこうと思った。出来るはずないのに、彼が立ち止まっている背中に飛びついて、前へ無理矢理進めてやろうとか。
 でも彼はこうしてやってきた。そして、振り返って手を伸ばして連れにきてくれた。

 彼がいればきっと道に迷わない。
 どこまでも、生きていける。

「いいよ」

 その手を取ろう。この人と行きたい。

「共犯に、なろう」

 私が戦う理由は。
 あなたが、私の先を行く足を止めないように。
 この人と世界を変える。
 ――つよくなる。



 銃のグリップを握りしめ、弾が装填されていることを確認し、安全装置を上げて構えた。
【魔女】たちは舞い踊る。UGたちは血に塗れながら戦う。中央装置は上からの指令を受けて、機関銃を放ち続ける。
 この状況を、切り開く!
「ダイアナ! あの装置、乗っ取れる!?」
 小さく悲鳴を上げて身を縮こまらせた。中央装置とテレサの攻撃がこちらを向いたのだ。背中にした、シールドを張ったテーブルが震えている。
 いくら紗夜子の銃に不思議な力が宿っていたとしても、複雑化した機械を一度で破壊することは無理だ。だが装置を乗っ取れば、機関銃を封じることが出来る。コンピューターとして接続されているダイアナは、各地の監視カメラから情報を集めることができるくらいなのだから、アクセスは可能なはずだ。けれど不安要素は、ダイアナが他所にアクセスした場合、彼女が動いていられるかということ。
「ダイ、」
「聞こえたわ!」
 ダイアナが一気に地を走る。
「でもわたしの方法でやらせてもらう!」
 しかしダイアナが選んだのは、コンピューターとして潜るのではなく、中央装置に直接飛びかかることだった。空中のテレサを飛び越し、装置に降り立ったダイアナは、機関銃部分を蹴り飛ばして破壊した。それが可能だったのは、紗夜子の声とダイアナの行動に、咄嗟にUGたちが対応したからだった。
 ダイアナは機関銃を取り外すと、それをテレサに向けた。勢いよく吐き出された銃弾が天井に穴を作る。わずかにテレサも傷付けたようだ。機動が遅いところを攻撃されて、空中で体勢を崩してしまう。更に、テレサは中央装置を攻撃できないようだ。ダイアナの攻撃をかわしながら、地上から撃ってくるUGに銃を向けている。
(もし私に力があるなら)
 銃弾に込める。私の望む場所へ行くために、この銃弾に力を託す。
「【魔女】、降りろ!」
 トオヤが紗夜子の狙いに気付いた。

(エデン。私たちの街。すべてを持った場所。すべての、元凶)

 迷いも何もかも振り捨てる勢いで絶叫した。



「そんなものに、選ばれてたまるか!」

 撃ち出した銃弾は、高く。



 トオヤもまた銃弾を繰り出した。己の背後すれすれを跳んだ攻撃を、テレサは右側に動いて避け、こちらを振り向き、一方の手をダイアナに向け、残る手でこちらに銃口を向けた。
 こちらを向けさせることこそ、紗夜子の狙いだった。
 洗練されていない銃撃能力は、しかし紗夜子の不可思議な能力に上塗りされる。その銃弾は、力を持った。
 天井のシャンデリアの根元を撃ち抜いた。ず、と音がするように滑り落ちた数メートルはあるガラス製のシャンデリアは、次の瞬間中央装置に叩き付けられるようにして落ちていき、装置の中でも出っ張りがあるところを、その重量でひしゃげさせ、針金や鉄の部分で絡めとった。ガラスは、きらきらと音をさせながら形を崩した。
 同時に、中央装置の側でこちらを見ていたテレサにも、シャンデリアは降る。
 舞い落ちるガラス片。テレサの背中に負った花が、しろがね色から薄く赤く染まり始めた。それがガラスを溶解していくために加熱状態に陥り始めたようだ。こうなったからには、彼女は空中機動を諦めるしかない。花を仕舞わなければ、彼女自身がオーバーヒートするだろう。
 その隙をついて、トオヤと紗夜子は一気に入り口に走った。
「逃がしません」
 しかし立ちふさがったのはテレサ。その攻撃は、だがダイアナの雷撃に絡めとられる。

「予言をあげるわ、サヨコ!」

 ダイアナは振り向かなかった。だが、声は優しさとともに、紗夜子に導きを与えた。祝福か呪いかも分からない未来への示唆だった。

「サヨコ、あなたは最後に銃を捨てようとする。でも、あなたはそれを手放すことができないわ。そして、どうにもならない世界に泣き叫びながら生きるでしょう。――生きるでしょう」


      



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