「――ジャック」
「トオヤ!」
 トオヤが銃を上げた。紗夜子は思わず乗り出して止めようとするが、もう一方の腕に阻まれてしまう。だというのにジャックは呑気に「七重お嬢は行ってもうたで」と微笑んだ。
「サヨちゃんのこと、応援しとった」
「ジャック。お前には拘束命令が出てる。第三階層で見聞きしたこと、全部吐かせろだと」
「ならここで俺が頭打ち抜いたらおしまいやな?」
 ジャックは己の顎の下から銃を当てる。
「ジャック……」
「言うたやん。後悔するんやったら言わんかったらええって。……なあ、トオヤ。なんで戦わなあかんのん? なんでここで戦い続けるん? 俺たちは若いんやで。望んで傷つかなくてもええんや。街を出て行けばいいんやで」
 トオヤの腕の中で、紗夜子はジャックの表情を見ようとした。笑いながら語るジャック、でもその口元は、今にも弧から歪な形に変わろうとしているように見える。

「新しい世界を外に作ればいい。俺たちにはそれが出来るはず。なのに、どうして戦う。どうして、捨てられない――?」

 紙や布のような声は、銃口と同じ鉄の重みを持った。
 その鉄はトオヤに向かう。まっすぐに飛んだ。

 トオヤは、告げた。紗夜子の肩を抱いて。


「――ここが俺の世界だからだ」


 胸へと響く声を紗夜子は聞いた。

「この世界を諦めたくない――だってここは、俺が生まれた街で、俺が育った場所で。……お前たちに会えた、俺たちの世界だからだ、ジャック」
 トオヤの声に紗夜子は顔を上げた。彼の横顔は、晴れ晴れとした笑顔だった。
「自分の世界をむざむざ滅ぼしたいとは思わねえだろう?」
 ジャックとトオヤの射程が交差する。トオヤは構えを揺るがずに、ジャックはゆっくりと腕を伸ばす。
「それでも、まだぐだぐだ言うつもりか、ああ?」
「開き直りよったなアホが。お前のそういうとこ嫌いや! 食って糞して一回寝たら明日からがんばろーて考えられるお気楽な頭してへんねん俺は!」
「お前はへらへらしてるくせにキリキリし過ぎなんだよ。知ってんぞ、胃薬試すの趣味になってんの。そんなんでお前第三階層でやっていけると思ってんのか?」
「アンダーグラウンドよりはましやわ! オーバーワークせんでいいし、お前の面倒を見らんでもええし、ディクソンにぼこぼこにされんでいいし……二人のこと、心配せんでもいいしな! でもな!」
 なんだか痴話げんかじみた親友の言い争いだったが、ジャックはひと際高く叫んだ。
「そんな気もうないねん!」
 目を見開いた瞬間、地上に影が差した。今まさに飛びかからんとする、顔の半分隠したヘルメットに全身を覆うスーツを着込んだ、サイボーグ【司祭】が三体。
 トオヤは右手の銃をジャックの右側に。
 ジャックはトオヤの背後に。
 そしてどこかから別の銃が、ジャックの左から来ていたサイボーグを。
 撃ち抜いた。
 三体のサイボーグは、それぞれ的確に頭を撃ち抜かれ、回路をやられたのか痙攣している。紗夜子の目では捉えられなかったが、遠くからの銃撃はきっと、ディクソンだ。
 ジャックとトオヤはそれぞれ、もう一発ずつサイボーグに撃ち込んで破壊してしまうと、お互い顔を見合わせて沈黙した。
「……助けてもらえると思ってんじゃねえよばーか」
「信頼できるか分からん相手に助けてもらうとか、あほちゃうん。いつか痛い目みるで」
 トオヤは手を振った。
「もう見たよ。ちくしょう」
 そして無線に声を吹き込んだ。
「目標の二名確保。アンダーグラウンドに帰還する!」
 その声を聞いて、紗夜子はほっと一息ついた。空を見上げ、先日まで自分が身を置いていた階層を仰ぐ。見えるわけではなかったが、そびえ立つものの強大さは分かったつもりだった。それでも、胸に灯ったものは紗夜子に挑ませる強さをくれた。
 その高さに身を竦ませても、足を止めず、拳を振り上げて。あるいは銃を手にして、戦おう。私の銃弾には力がある。
 一際強い風が吹いて、思わず目を閉じた時、背後から奇妙な叫び声が上がった。

「――いーやっほおおおお!」
「!?」

 人間業ではない脚力で飛び上がった声の主は、その通り足に車のタイヤのようなブレードを帯びていた。茂みから飛び上がり、ホテルの芝生を荒らしながら走ってきたそれは、紗夜子の腰をさらうとその勢いのまま走り去ってしまう。みるみる、トオヤとジャックが遠くなった。
(え、えええー!?)



「紗夜子!? おい、防衛班! どうなってる!」
「トオヤ、目ぇ逸らしなや」
 ぽん、とジャックが気の毒そうに肩に手を置くのを振り払う。
「あの声聞いたやろ? 誰やったかすぐ思いつくはずやで」
「この状況で最重要人物がさらわれたんだぞ!? 第三以外――」
 言って、絶句した。あの悪ふざけの過ぎる叫び声。第三階層以外なら、アンダーグラウンドくらいにしか心当たりはなく。
「まさか……」
 血の気が引く。ジャックはやれやれと肩をすくめた。
「思いがけず実家帰りかぁ。おとんにさんざ怒られなあかんか」
 トオヤの怒声は、爆破並みの怒りで持って響いた。

「あの、くそ親父――!!」


      



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