上空から撃ち放すマシンガンでアスファルトが飛び散った。悲鳴が上がる。ショーウィンドウは音高く割れ、人々は逃げ惑う。逃げ切れず傷ついた者の血痕が、地面に伸びている。駐車していた車は穴だらけになり、隠れていた者はたまらずに逃げ出した。硝煙で辺りは煙り、どうやら消火栓を打ち抜いてしまったらしく、水の柱が立ち上がり、落ちてくる水滴で霧が立ちこめている。
 声がして、テレサはそちらに顔を向けた。倒れた街路樹の向こうで、幼児が泣いている。無力さを感じる声だった。それだけしかできないという振り絞った声。見れば横倒しになった木の下に、俯せている女の姿がある。子どもを突き飛ばして、己は木の下敷きになったのだろう。
 可哀想に、とテレサは思った。思ったから、肩から伸びて手の一部となった銃器に弾を装填した。どこにも行けないのなら、殺してあげるべきだ。照準を子どもに合わせる。外してはいけない。何が起こったのか分からないまま死なせてあげるというのが温情というものだろう。今、私は死を司る女神なのだから。
 子どもがこちらに気付いて息を呑む。これ以上開かないというぐらいにまで目を見開き、喉を引きつらせた。抵抗する方法も、逃げることすら思いつかないのだ。テレサはそれを愛おしく思った。
 撃った。あの子どもを抱くつもりで。
 しかしその攻撃は、前に飛び出してきた男たちが放ったシールドに遮られてしまった。びち! と魚が跳ねるような音がして、弾がはじけ飛ぶ。その直後、走り込んできた武装集団に一斉攻撃に遭った。
 テレサは攻撃がたやすく届かない空中に避難しながら、銃弾を見舞った。背中には六枚の花びらのような飛行装置が唸りをあげている。UGたちはその音をたよりに防御態勢を整えていた。
 その空にいて、テレサは気付いた。逃げる人々とは逆に、こちらに向かって走ってくる少女を捉える。テレサは勢いをつけると、倒すべき敵である高遠紗夜子に向かって飛来した。



 紗夜子は音に気付き、辺りを見回し、空に気付いた。黒い点がみるみる近付いてきた。テレサだ、と思った時、紗夜子は素早くシールドを展開させていた。そのシールドに銃弾がいくつも跳ねる。銃声を聞き取った一般の人々が悲鳴を上げた。紗夜子の頭上から背後に飛び抜けたテレサは、一度上昇して体勢を立て直すと、真っすぐに地面に降り立った。と思った瞬間には長銃と化した腕から銃弾が飛んできている。路上駐車している車を盾に、銃の安全装置を外す。
『UGに指示は出した。すぐに駆けつけてくる。持ちこたえろ』
 トオヤが無線で呼びかけてくる。ものすごい音で聞き取りにくい。了解、と答えながら、紗夜子は呟いた。
「私を攻撃できないんじゃないの?」
 車の装甲を穿つ音が変わった。別の車の影に移った直後、がしゃん、と音を立てて車が傾いた。一瞬攻撃が止む。テレサの攻撃がトオヤに向いたのだ。それを隙と見て紗夜子が銃を撃つと、まるで別の目がついているかのように、テレサのもう一方の腕がこちらを向いていた。ぎょっとし、慌てて身を隠す。しつこいくらいに撃ってきた。
「紗夜子、あなたの姉に感謝しますよ。ただの人間かと思えば、私のリミッターを外すことができる。私を、【女神】の監視下から解き放つことができる」
 どういう意味だ、と紗夜子は眉を寄せた。
【魔女】が【女神】と接続されているというのは、分かる。テレサは、その接続を切ったということなのか。


「――じゃあ、あんたはもう【女神】候補ではないわけね?」

 第三の声が空から響いた。テレサは頭上を仰いだが、次の瞬間後ろへと飛び離れている。
 銃弾と、更に質量のあるものが飛来し、バックステップを踏むテレサに肉薄する。
 ガチィッ!! と壊れないものなどないような音がし、二つはその音で距離を取った。テレサは攻撃を止め、微笑んだ。
「やっと来ましたか」
「あたしの記憶を取り戻させたのは無駄だったんじゃない? わざわざ敵を作って」
「いいえ。より強い個体として私を認めていただくためには、あなたに勝つことが必要です。――ジャンヌ、もう一度会えて嬉しいですよ」
 首にかかる赤い髪を払い、UGの女は苦笑した。
「あたしは会いたかなかったわ」
「ジャンヌ……!?」
 どういうことと身を乗り出そうとしたが、ジャンヌがそれを鋭く制した。
「出てくるんじゃないわよ! テレサは第三世代の【魔女】。痛覚のオンオフもできるし、攻撃モードと防御モードを備えてる。第一、第二世代と比べて、戦闘能力が高い。でも、勝てないわけじゃないわ」
 ジャンヌは低く構えた。
「世代を経るに連れて【魔女】のボディの作りは人間に近くなってる。だから初期型であるあたしと、最新型のあんたの相性は悪い。そうでしょ、テレサ?」
「あなたは防御に、私は攻撃に特化している。どちらが強いか、という話ですね」
 楽しそうにテレサは言う。本当に、心の底からジャンヌが現れたことを喜んでいるようだ。いつもの冷たく薄い笑みではなかった。
「その前に一つ聞くけど。テレサ? 今の状況が、【女神】の命令に反しているっていうのは分かってるの?」
「理解していますよ」
「【女神】の命令は絶対のはず。それを無視できるってことは、あんた、中身をいじったわね?」
 テレサはにっこりとした。
「あんた、そのままじゃ、【女神】に命令違反として排除されるわよ」
「あなたと紗夜子を倒せば問題ありません。あなたは【女神】に接続されておらず、候補として認定されていない。紗夜子が死ねばわたくしだけが最終候補。最強の個体、次期【女神】として無視できない存在になるのですから」
 ジャンヌの目が細くなった。くだらない、と今にも吐き捨てそうな顔だが、理解できないわけではないようだった。
「……とりあえず、一般人を巻き込んだのは許せないわ。あんたは、あたしが止める!」
 咆哮すると、ジャンヌは割れた地面を踏み砕いた。人間ではないスピードに、一瞬ジャンヌが消えたような錯覚を覚える。人間なら簡単にかわしきれないと思ったが、テレサは人間ではない。一本の棒のような腕を盾にして弾き返すと、もう一本の手でジャンヌを撃とうとした。
 だが、ジャンヌは大きく伸びるようにして跳躍して攻撃をかわすと、ごついブーツで足技を見舞った。しかし、ブーツの方が弱かった。ただ踏みつけただけになり、厚底がゴムのように跳ねる。
 テレサの手とは対照的に、ジャンヌの手が蛇のようにしなり、テレサの首元に伸びた。テレサがはっと息を呑んで身体もろとも振り払うが、ジャンヌの手はテレサの首に触っていた。
 距離を取ったジャンヌは、首に触れた右手をかざし、動かした。ちりちりと静電気のような音がする。テレサは首元を抑え、顔をしかめた。途端、背中から花が落ちた。地面にめり込む。ジャンヌが配線を焼き切ったのだ。
 テレサが跳躍すると、銃弾は彼女に当たらずに通り過ぎていった。UGたちが放置された乗用車等を塹壕にし、攻撃を開始したのだ。紗夜子もその中にいた。
「……この状況では不利ですね」
 呟いたテレサは、ひとっ飛びに街路樹の上、そこから更にビルの上へと消えていった。
「今は引きますが、すぐに決着をつけにきます。それまで、準備を整えておいてください」

 声は遠くなり、後には静けさが訪れる。
 紗夜子はどっと息を吐いた。
 UGたちは退却の準備を始め、トオヤは、一部の人間を連れて、武装を解かないまま、ジャンヌに近付いた。だが、紗夜子はそれよりも前に飛び出し、ジャンヌに呼びかけた。
「ジャンヌ」
 ジャンヌは掲げた右手を何度か閉じては開いて、右手を取り巻く電気を振り払った。小さな光がぱきぱきと音を立てて霧散していった。手を降ろし、腕を組み、つまらなさそうな顔と蓮っ葉な態度で、ジャンヌは銃口を降ろそうとしないUGたちを睥睨した。
「……さっさと撤退しないと『司祭』とか警察が来るわよ、トオヤ。それとも、あたしが何なのか名乗らなきゃだめなわけ?」
「是非名乗ってもらいたいな。ジャンヌ。お前は、敵なのか、味方なのか」

 夜が来る藍色の空の下、燃えるような髪の女は言った。

「あたしは、ジャンヌ。『一番目のジャンヌ』。第一の【魔女】であり、第一世代の【魔女】よ」

 名乗りの声をあげたはよかったが、次の瞬間、ジャンヌは面倒そうに言った。
「説明は後でしてあげる。ずらかるわよ。あたし、アンダーグラウンド以外行くところないのよね」


      



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