Do you make me happy ?
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 まるで砂時計。意識をひっくり返せばいつまでも時を刻む。片方はときめきを、もう片方は苛立ちを司る、二つの器。アン・マジュレーンの意識は、彼の訪れを心待ちにする少女と、そんな自分に苛立つ二十五の女性の意識が、くるくるとめまぐるしく回転し続けた。できることなら、彼を喜んだ表情で迎えたいのだけれど、アンは素直でない自分を知っているので、薄めの唇を果実のようにつやつやと尖らせながら、待ち合わせの時間を数えている。
 なんて言って出迎えよう。普通に『ごきげんよう』? それとも『待ちくたびれたわ』? アンの周りには、彼女と同じように落ち着かないお歴々が立っており、物々しい警備たちは微動だにしないが、きっとソーダ水の一杯でも飲みたいと考えているに違いない。いい日よりだ、門出はちょうどいい。『本番』でもないのだから気にしないでいいのに、と言ったアンに、ため息をついて肩を下げて父と兄は言った。「王家からお前を送り出すんだから」。王位継承権は持ってないけどね、とアンは返した。
 急に、周囲が騒がしくなる。車が入ってきたのだ。アンの心臓も緊張の頂点に達しようとしていた。
 しばらくして、王子様の金髪と宝石の青い目をしたルーカスが現れる。アンをすぐに見つけた彼は目で微笑み、アンの父、国王たるセドリック、そして王妃マリアンヌ、皇太子マクシミリアンに挨拶すると、じりじりしていたアンの目の前にようやく立った。
「待ちくたびれたよ」
「こちらの台詞だわ」
「いいや、こっちの台詞だね。……七年の思慕だよ、アン」
 アンが十七歳のときに出たジュニア・プロムで彼女を見初めたというルーカスは、しみじみとそう言った。
「でも、これからの長い幸せな日々を考えるとそんなことはどうってことないよ。愛している、アン。さあ、僕の手を取ってくれ。連れていくよ、君の望むところへ」
「……幸せなところでないと、承知しないから!」
 アンは外聞も醜聞も気にせず、ルーカスの頬にキスを贈った。渋い顔と動揺が広がり、アンはこっそり片目をつぶってみせた。これより、アン・マジュレーンはサラバイラ皇太子ルーカス・ジークの婚約者、次期サラバイラ皇太子妃、ゆくゆくは王妃として生きることになるのだから、多少の破天荒は慣れてもらわなくては。
 すると、ルーカスは笑いながら言った。

「もちろん。さあ、参りましょうか? よろしく、奥さん!」

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