陽光が、緑と硝子を透けて淡く差し込んできている。春の午後の温かさに、城には午睡のようなふやけた空気が漂っており、人々だけでなく城そのものが居眠りをしていそうだ。その城主たるフォニックもまた、そっとあくびを噛み殺す。 本当に、竜の脅威があるとは思えない、平和な小国の温かさだ。 「本当に、陛下」 空に遊ぶ鳥たちの影は朗らかに窓辺を過ぎる。 あくびすら大っぴらに出来ないのは、先程から、重臣が項垂れながらくどくどと嘆いているからである。目尻に浮かんだ涙をこっそり瞬きで隠したフォニックは、自身の剣の師でもある軍教官ドーターに、眠気を感じさせないまったくまっさらな微笑みを向けた。 「考えては下さいませぬか」 ドーターは、机の上に投げ出されたままの、一枚の肖像画を見やって言った。 「陛下は若くして国王となられました。今は考えられぬとしても、後継の問題は、後になればなるほど、大きく問題化致します」 「濁さなくてもいいよ、ドーター。私の健康面には確かに心配がある」 分かっていらっしゃるのに、と言いたげにドーターは重苦しくため息をつく。 フォニック・コールセンは虚弱な国王として国民に知られている。真実、身体面に問題があって王太子時代にも寝込むことが多々あったことと、フォニックの妹姫が竜を狩る部隊の長を任じていることに理由があった。 コールセン王国は、森と水の豊潤な小国である。周辺の、同じく小国の群れにも見向きもされない、地味の一言に尽きる田舎だ。 しかしこの大陸に蔓延る竜の存在は、田舎の小国を避けてはくれない。小国ゆえに、最も大きな災いとして降りかかっている。 竜は、森と水の地に巣を持つ両生類に近しい生き物で、肉食であり、家畜や人を捕食した。国として対策をせねばならぬ状況で、創設されたのが竜伐隊である。 代々国王が飾りであっても担う隊長に、フォニックは自分よりも若い妹に指揮を任せていた。理由はもちろん身体面の問題である。定期的に各地へ討伐に向かう行軍に、フォニックの身体は耐えられない、命を縮めるというのが医師の見立てだった。 かくして虚弱な国王と呼ばれるに至るわけだが、政務を滞らせたことはない。休み休み行うことはあっても、必要なことは処理してきた。 しかし問題がひとつ。ドーターの言った、後継問題である。いつ死なれるとも分からぬので跡継ぎだけははっきりさせてもらいたい、という周囲の願望だった。 「噂がございます」 「噂」 重々しくドーターが頷く。 「陛下は、女性に興味がなくていらっしゃるのではないか」 そういう噂があってもおかしくはないが、ドーターの暗い目はなんだろう。フォニックはしばらく考え、口を開いた。 「月の下の花ほど儚いものはないが、日の下の君ほど、眩しすぎて切なくなるものはない。あまりに輝いていて、手に入らないのが分かっているから」 は、とドーターが口を開ける。 「花は花のまま、光は光のままが美しい。君は君のままが一番良いのだろうけれど、でも置いておきたいんだ、私の手の中に」 どうか分かってくれるね? と囁いた瞬間、落ちた。 「陛下――!!」 ドーターの特大級の雷である。昔気質の彼を考えると台詞の恥ずかしさもあろうが、フォニックがからかっているのがよく分かったからであろう。 「なんという悪ふざけを……!」 「その気になればこういう台詞も吐けるという証明だよ。まあ、言う相手がいないんだけどね。悪かった悪かった」 フォニックは机の肖像画、描かれた娘を見て、苦笑を浮かべる。失笑に近かった。 「確かに、彼女はとても良い家柄の令嬢だが、だからといって結婚するつもりはない」 ごほんとドーターは咳払いをする。 「格式がございます、陛下。王家と釣り合う家柄の者でなければ、花嫁となる御方に苦労させてしまいます」 「はっきり言おうか、ドーター」 フォニックは笑った。 「私は彼女が必要でない。はっきり言って邪魔になる。そういう相手はごめんだと言うんだ」 ドーターは絶句し、次に仏頂面になり、深々と肩を落として首を振った。 過剰な口説き文句を言ったその口で、滑らかに否定の言葉を口にしたフォニックは、端から見ればどうかと思われる冷酷な人間なのかもしれない。 「……決して、他では申されませぬよう」 「そのくらいの分別はあるよ。もう下がっていい」 序盤はかっこいいフォニック兄上。段々情けなくなっていくのをご覧あれ。 基本はフォニック×ユイです。情けないですが、これはぶれません。 |