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 小さな神が嫁ぐ徴としての天気雨の中、寿ぎの儀式が終わる。片付けは他の者に任せ、キヨツグはアマーリエとともに部屋に戻った。このくらいの雨ならば、と小庭を突っ切ったアマーリエの髪に、ささやかな雨の雫が飾るように光る。屋根のある場所までやってくると、キヨツグは彼女に手を伸ばした。
「……濡れたな」
 撫でるようにして軽く拭うと、アマーリエは笑った。
「いいんですよ。このくらいの雨は気持ちいいですから。この様子だと、きっと草原はきらきらして綺麗でしょうね」
 彼女と見た草花が雫を受けているのを想像し、キヨツグはふっと笑った。思わぬ反応だったらしいアマーリエは首を傾げている。
「私、何か変なことを言いましたか?」
「……いや。ずいぶん、リリスらしくなったと」
 まず思うのが草原の風景だった、つまり彼女は自然とこの地のことを考えるようになっている。それが嬉しく、誇らしい。かつて故郷を思い、胸を痛めていたアマーリエが、リリスの美しさを語って微笑む日が、ようやくやって来たのだ。
 はっと目を大きくしたアマーリエは、刹那、泣きそうな顔をし、それを振り払って、晴れ晴れと言った。
「それはもう、たくさんの人に鍛えられましたから。まだ一人で生きていけるほどの生活力はないですけれど、いつかそうなってみせます」
「……ならずとも良い」
「え?」
 雨垂れの雫が、アマーリエの周りで瞬いている。光が降り、雨がきらめき、洗われたよう世界が輝く。それだけでキヨツグはこの世に感謝したくなる。
「……私は、お前がいなくては生きてはいけぬ」
 手を伸ばし、髪の色を柔らかく変える水雫を拭い取る。毛先を遊ばせながら指を絡めると、アマーリエはじわじわと赤くなっていく目元を伏せた。恥じらう姿は、まさに霧雨に打たれる花だ。可憐であるがゆえに、これ以上のことをすればどうなってしまうのだろうと、性質の悪い悪戯心がもたげてしまう。
「……あ、あの……髪を……」
 いつまで触っている気なのかと問おうとしているが、聞こえないふりをする。
 雨上がりの空を、駆け足で雲が流れる。黄金色の陽光が、さらに明るく、世界を照らしているのを、アマーリエの瞳の中に見る。その美しさを囁いてもよかったが、それよりも、一つの願望が勝った。言わせてみたい、と思ったのだ――お前がいないなど考えられない、その、答えとなる言葉を。
「……私が愛する妻は、この世でお前ただ一人」

 アマーリエが返した言葉は、キヨツグだけが知っている。

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