「大丈夫か?」
ある一室で座らされた。ウィリアムが心配そうに尋ねてきて、その不安な顔がなんだかおかしい気がして笑ってしまった。
「はい」
わずかに潤んだ目元を拭い、支えてくれる手のひらの温かさに微笑んだ。
「大丈夫です。あの、わざわざ来て下さったんですね。ありがとうございます」
そう言うと、ウィリアムはほっとしたように息を吐いて離れた。リワム・リラは、手のひらの温もりだけが残ったのに、大丈夫じゃないと言えば良かったかなと少し馬鹿みたいなことを考える。
「……キール・シェムが、暴力を振るわれたと訴えているというのを聞いた。お前のことだから何かあったんだな。何を言われた?」
「…………」
「何を言われた」
唇を噛んだ。
絶対に言わない。あんな悪い言霊は、絶対に自分の口からは発しない。
「リワム・リラ」
優しく尋ねてくるウィリアムは、静かな声で名を呼んだ。
答えず、顔も上げずにいたリワム・リラは次の瞬間驚いた。ウィリアムが幼子にするように膝をつき、そっとこちらを覗き込んで、そして。
「私の為に怒ったんだな」
そう言った。腑に落ちたような、最初から答えを持っている言葉だった。それはリワム・リラが答えなかったことで確信に変わったはずだ。
すると、ウィリアムは不意に立ち上がり、黙ってリワム・リラを腕の中に抱いた。
リワム・リラは驚きのあまり呆然とし硬直する。大きな腕に抱かれたまま言葉を聞いた。
「……この地で私は白肌の異人、そう言われるのは当然だ。怒る必要はない」
腕の中で顔を上げた。
このすべてを分かっている言葉。ウィリアムは誰かから事の顛末を聞いたのだ。
あの言葉を耳に入れてしまったと知り、涙が盛り上がる。
「私は、今はもう肌の色も瞳の色も忌むべきものだとは思っていない。ありのままの自分を受け入れている。だから、お前も瞳の色を恥じることがないように」
ウィリアムの低い声が振動となって聞こえ、それは自信を受け止め全く卑下しない誇りを持っていた。
そして、どうして、こうまでして自分を気遣ってくれるのだろうと別の泣きたい気持ちで思った。
見られれば誤解を招くだろう。主君であるカリス・ルークにも、溝を生じさせる可能性だってある。リワム・リラ自身も自分を特別だと思ってしまう。
それでも心を柔らかにしてくれる。温かい思いが溢れて、安心して目を閉じてその思いに浸れる。
「落ち着いたら戻るといい」
身体が離れた。
「私とお前との噂は、気にしないように。お前は……」
何を言いかけたのだろう。一度言葉を切ったその時のウィリアムの微笑みは、リワム・リラには胸を打たれるほど切なく映った。
「お前には、カリス・ルークがいるのだから」
ウィリアムはそっとリワム・リラの頬に触れて指先の熱を残し、そうして立ち去っていった。
何かを言う間もなかった。残されたリワム・リラは触れられた頬に自分でも触れ、そこで手を握りしめる。
心が痛い。叫ぼうとしているのを必死にこらえて、締め付けられる。
「……ごめんなさい」
『自分の気持ちを素直に受け止めなさい』
リナ・ユンの声がする。
もう認めているの、とその声に答える。見ないふりをしているだけ。
後悔はない。だが罪深く、裏切りである。信頼を寄せてくれる方と、忠誠を誓うべき方、二人に対して。
でもあの人に会いたいから、ここにいるためだけにリワム・リラは王を裏切り続けている。
* * *
カリス・ルークはやって来たウィリアムを睨みつけた。
「あれはなんだ。なんの筋書きだ」
怒気を含んだ初撃を放つ。
「一応釘を刺しておこうと思ったものでね」
「彼女を傷つけるのは本意ではない」
分かっているさとウィリアムは肩をすくめて攻撃をいなす。
「それにしても驚いたな」
「…………」
話を逸らされ、まだ機嫌の悪いカリス・ルークはじっとりと目を向ける。
「大人しいと思っていたあの娘が人に飛びかかっていくなんて」
それを聞いてふんと鼻で笑った。
「私は知っていたぞ」
「どうしてお前が胸を張る」
何故だか誇らしい気持ちだったからだ。
「あの娘は他人の為に笑い、怒ることの出来る娘だ」
豊かな感情をこぼすような微笑みはとても愛おしいのだ。
まるで自分のことを誇るように言うので微笑ましい気持ちになったのか、ウィリアムは滅多に使わない表情をする。しかしそれは一瞬のことで、懐から取り出した封筒をびしりと鳴らした。
「嵐の前の静けさというわけだが……手紙が来た。差出人は、」