SS 満ちる水
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 砂漠の国に水場は貴重だ。乾いた風が周囲で舞っていたが、水面は揺れ、波となって岸に打ち寄せる。その波すら、ナリアエルカでは宝よりも美しいものひとつだ。
 水の女神の守護大陸の名に反して、この大陸では乾いた地域が多い。水のある場所には文明が起こるもの。都には大河は流れて込んでおり、それが都たる由縁だったが、ナリアエルカは全土が豊かとは言えない。どのように水を行き渡らせるかというのは、様々な面で重要な意味を占めている。
 それが今回は、占術師が夢に見たという場所を掘ってみたところ、見事泉を掘り当てたのだ。夢を見た占術師は褒美をもらったのだが、何故かリワム・リラにも感謝の言葉を捧げた。なんでも、ここを掘れと言ったのはリワム・リラだという。詳しく聞いてみれば、夢の中でリワム・リラが被っていた布を落とし、拾ったところから水が溢れてきたらしい。カリス・ルークに言わせると「当然だ」ということだったけれど。
 その報賞というわけではないが、リワム・リラには泉に赴くことが許された。とうとう後宮の主になってしまったリワム・リラには、外出が許可されることが少なくなってしまったので、嬉しい出来事になった。
 湧き出した泉はすっかり落ち着いて、底の土を透かしている。波紋を描く水面を見ているだけでは物足りなくなって、指をつけた。太陽にさらされている手に、水はひんやりと心地いい。泉の周囲も冷やされているようで、ここで過ごすのは快適そうだ。
「リワム・リラ様。陛下がおなりです」
 ついていた女官、侍従が膝をついて平伏し、護衛武官たちが居住まいを正す。リワム・リラも跪いて主君のおでましを待った。やがて愛馬にまたがったカリス・ルークが泉を見て感嘆の声をあげた。
「見事なものだな。……構わんでいいぞ」
 官吏たちが立ち上がりそれぞれの仕事に戻っていく。カリス・ルークは手綱を武官に任せ、リワム・リラの元へやってきて手を取った。
「触ってみたか」
「はい。とても冷とうございました」
「それはよかった。ここはマージ族に任せようと思っている。彼らなら上手に商売をしてくれそうだからな」
「……マージにですか?」
 あの強欲な父にはどうか、けれど商人だからちゃんとやるかしら、と考えていたのが顔に出てしまった。カリス・ルークがおかしそうに笑う。
「後宮に娘を出したのだから多少なりとも見返りをくれてやらねば。もう返すつもりはないからな」
 額に口づけを贈られる。
 リワム・リラは熱くなった顔をベールで隠しながら、「一番嬉しいのはでもきっとお父様だ」と思った。

1010148周年記念小話初出 120627改訂
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