レディエ山脈、ならびにハルム国境要塞で勃発した、フォルディア、グレドマリアの戦争は、レディエ山脈における火災発生のために一時中断された。連絡の遅れにより、ハルムでは戦いが続き、グレドマリアは敗北直前まで追い込まれたが、アレムスからの援軍、ならびにレディエ山脈から派遣された軍によって体勢を立て直し、膠着状態に陥る。
 すぐさま王太子シンフォードは講和を申し出、フォルディアは承諾。この調印にハルム要塞に赴き、彼女と対面した。




 娘は、目に涙を浮かべ、頭を下げた。シンフォードは全員に退出を命じ、誰の気配もなくなると、彼女の元に向かった。
「ずいぶん、遅い到着だったことだ」
「……わたしは、あなたを許さない」
 青い目を上げた金髪の娘は、瞳の光すべてに憎悪をたたえて、怒声を迸らせた。
「あなたのせいでお姉様が死んだ! お父様に逆らって、城を逃げ出して、戦場なんてところに行って死んでしまった。ライハルトもよ! 私の、最愛の人までもあなたが奪った!」
 ハルムに到着したシンフォードを待っていたのは、エタニカの残したいくつかの品だった。未だ続いていた国境戦に参戦し、彼女はグレドマリアの民として戦って果てたのだという。遺体は見つからず、剣帯や手袋といったものだけがシンフォードの元に戻ってきた。
 そうして、フォルディアはアンナ王女を差し出した。騎士ライハルト・グルーの行方は知れない。だが、アンナの言う通りなのだろう。フォルディア王が処分したのだ。好きにするがいいというフォルディアの意思表示だった。
 ――帰ってくると、思ったのに。
 必ず戻ると、この手で救ってみせると、援軍を引き連れて駆けていったというのに。どこにも姿がなく、残された剣帯を見た時に感じた絶望を、シンフォードは繰り返しなぞっている。
 どうして。何故どうしてどうしてどうして何故戻らない戻ってこい助けたい助けられなかった誰が何が頼むから帰ってこいどうして帰らない何故何故どうしてどうしてどうして――!!
「お姉様はあなたが殺し」
 シンフォードの右手がアンナ王女の左頬を打ち据えた。
 軽々と王女は吹っ飛んだ。女性を殴ったのは初めてだ。こんな女でも苦い思いを味わわなければならないらしい。つくづく甘い自分に嫌気がさす。
 行かせるのでは、なかった。
「お前がエタニカを殺したのだ。アンナ・シア」
「違う! 違う、違う……お姉様は……わたしなんかのために死んだりなさらない! いつだって、わたしを守って、大丈夫だよって、そこにいてくれるのに……」
「私の言いたいことは一つだけだ」
 一ヶ月の間に夏は笑いながら駆けさってしまった。南部地方の木々はすでに紅葉が始まり、各地で収穫が始められている。再び、焼け野原になった地面に膝をついて涙する民の姿は、何とか、見ないでいることができていた。けれど、彼らの顔にはまだ不安が根ざしている。それは、一生消えることがないのだろう。それらがシンフォードが負わなければならない姿だ。
 そんなもの、もうどうでもいい。
 幾度も季節を見送り、その度にひとりだと思う。終わることがない傷の痛みに、憎しみを募らせるだろう。
 貴方がいないのだから、何になろうとも構わない。
 この女。自分のしたことを知って泣くだけのこんな女を守るために、エタニカは消えたのだ。
 父王にすら見捨てられた王女は、青ざめた顔で震えて、死に近いその宣告を聞く。

「私は、お前を許さない。お前を、フォルディアを。エタニカを殺したお前たちを、絶対に、許さない」



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