いやああ。亜季はその日の朝も悲鳴を上げた。狭いマンションの我が家を走り回り、制服のネクタイがない、髪をまとめるピンが見つからない、靴下に穴が空いていた、とダイニングと自室と洗面所を、ぐるぐると魔術のように走り回った。早朝に行われる女子高生の魔法は、騒がしいせいか持続力がない。だからお手洗いの鏡で魔法をかけなおすのだ。決して、決して、お隣の克哉の言うように、トイレが近いということではない。
「亜季っ、ばたばた走り回ってないで、さっさとご飯を食べなさい!」
「無理! だめ! 余裕ない! 私はこのアホ毛を立てることに命かけてんの!」
「ご飯食べないと頭が阿呆になるわよ! いつも通りに出れば間に合うでしょ!」
「元々アホだからいいの! あああご飯食べてる時間ないいい……!」
スカートの長さをチェックして、食パンを半分千切って口に押し込み、牛乳で一気に流し込む。玄関脇の鏡で最終的に上半身をチェックし、靴を履いて家を出た。
(六時二十分二十秒前!)
ちょうどいい。完璧だ。
「いってきまーす!」
玄関の扉を閉めると、びゅうっと風が吹き付けた。夏休み終わり、でもすっかり冷たくなった秋の朝の風が、吹き抜けになった中央で、九階まで舞い上がってくる。亜季はそのままエレベーター脇で立ち止まった。腕時計を見ると、六時二十分を十秒過ぎたところ。
(十一、十二……)
十四! と頭の中で最後の秒を数えて振り返ると、そこには眼鏡をかけた精悍な少年が立っていた。
亜季と同じ校章のついたブレザー。同じ学年を示す色のネクタイ。眼鏡のフレームは太めの黒。眉はきりりとして、シャープというより長方形を意識させる、がっちりした男子だ。
亜季が振り返ると、彼は視線を辿るように、少し後ろへ振り返った。すると、亜季の母親の「起きなさい雅雄!」と、弟を起こす怒鳴り声が聞こえてきた。亜季も何度もこの怒鳴り声に起こされてきたものだ。ご近所さんに響き渡るので、目覚まし代わりにしている人もいるらしいと聞いて家族で赤面したが、一向に改まる気配はない。
少年はそれに、ため息とも呼気ともつかない息を吐くと、やってきたエレベーターに乗り込んでいった。彼は澱みなくボタンを押し、締め切ったエレベーターは、ゆっくりと九階から一階へと下がっていった。亜季を置いて。
しかし、亜季はほっと息を吐いた。ずっと息を詰めていたのだ。アホ毛をさらりと触ると、誰ともなしに呟いた。
「……克哉。あんた、今日も学校に行くんだね」
いつも通りの日常を終えていく。女子高生の日常なんて、勉強して休憩時間にだべって放課後遊びに行って、それに時々テストやら課題やらが混ざって、そう変化はしない。学校という存在があるだけで、自分たちの世界はとても安定していると亜季は思う。夏休みなど長い休みに慣れてくると、段々不安になるのだ。早く学校が始まらないかな、そう思うようになってくる。決められた毎日は、とても心地いい。
毎日同じことをする克哉も、そうなのかもしれない。
その日も亜季は友人の誘いを断って、自宅へ一直線に帰った。もう一ヶ月ほど断っているのに、まだ飽きずに誘ってくれる彼女たちは本当にいい子たちだ。申し訳なくなる。今の自分は、自分のことしか見えていないのだから。
(同情って分かってるけどさ……)
人の優しさそのものを疑いたくないんだよね、と一人ごちる。頑なで、今のこの思いをぶつけるだけになってしまったら、亜季は自分が終わっているような気がするだろう。思いやれない人間には、なりたくない。
マンションの入り口で、腕時計を見る。五時三十九分十九秒。毎日急ぐあまり足腰が鍛えられて、ずいぶん早く着くようになってしまった。玄関の植え込みを囲んでいるブロックに腰を下ろして、ぼうっとする。
香ってくるのはこれから枯れていくような緑のにおいで、季節が腐食していくみたいだった。でも気持ち悪さではなくて、豊かな土に変わるようなものだ。ヤブ蚊が寄ってきていて、涼しくなっている日々を実感する。もうじき、お腹を冷やさないように毛糸のパンツを履かなくては。
(色気ねえとか言ってたな、あいつ)
ある冬の日、階段の下にいて、降りてくる亜季を見上げて、「よー」と手を挙げて、笑った。
「お前の赤パンツ林檎みてえ」
思い出の声に重なるように呟いて、フッと鼻で笑った。馬鹿だ。克哉もだし、自分もだ。赤はないだろ、赤は。
ぷくっとした赤い毛糸パンツのよりも真っ赤な夕日は、ゆっくりと地平線に落ちていった。
そろそろか、と時間を見る。腕時計の針は五時の四十九分を指し、ちくたくと三十秒、三十一秒と刻んでいく。顔を上げると、克哉が自宅の鈍く光る郵便ポストを、開きはせずに無精して高いところからちょっと覗き、何もないことを確かめて、エレベーターに向かっていくところだった。亜季は後を追った。
克哉の背中をじっと見る。やつは視線に気付かない。時間を気にして、腕時計をちらりと見た。そして、エレベーターで上がっていった。
亜季は上がったエレベーターが下りてくるのを待って、自宅へ、克哉と同じ九階に帰った。ただ、扉の前を通り過ぎ、隣の『浜本』の表札がかかった克哉の自宅前に立った。夕方だというのに、食事のにおいが漂ってくることはなく、暗闇に沈んだそこは、部屋そのものが死んでいるようだった。
自分の思考に、亜季は唇を歪めた。
「……当然じゃん。だって、克哉死んだんだもん」
午前六時二十一分十四秒。これがエレベーターの前に立つ時間。
午後五時四十九分三十一秒。これがマンションに帰ってくる時間。
浜本克哉という、亜季のお隣で幼なじみで同級生で、一ヶ月前に交通事故で死んだ少年の幽霊を、亜季が目にする時間が、それだった。
幽霊といっても意志はなく、残像みたいなものが毎日同じ時間に繰り返し現れる。亜季のことは目にとめず、毎日同じ時間にマンションを出て、同じ時間に帰ってくる。最初、亜季は「おはっ!」と思いっきり背中を叩こうとして、盛大に空ぶったことにおおいにびっくりした。そして遅れて、「あ、こいつ幽霊なんだ」と気付いた。克哉の方はというと、まったく、亜季に気付かなかった。
生前は彷徨うようなかわいいタマじゃなかった。するとすればとんでもない悪戯だ。だから悪さするならなんとかしようと見張っていたが、特に何をするでもないので拍子抜けした。そもそも、何も見ていなかったのだ。だったらどうなるか見てやろうと、追いかけ始めて約一ヶ月。大体の行動時間が把握できたものの、今日も変わりはない。
そして、やっぱり学校では、克哉の姿はどこにもないのだ。空っぽの机が、教室にあるだけ。
六時二十分。亜季は家を出た。克哉が現れる。この時間だから、部活に行くのだ。風邪を引きやすいくせに、生意気にも剣道部の副主将だった。しゅっとした克哉には柔道部なんてもってのほかだから、まあ似合いかもしれない。
思えば、まじまじと観察する機会など最近はなかったので、克哉がかなり身長が高くなっていたことや、眼鏡のツルに模様があることなんて気付かなかったし、髪にワックスを軽くつけているらしいことも知らなかった。自分の魔法を棚にあげて、無駄な努力を、と思っている亜季だ。でもまあ、見られるようにはなっている。そんなことを言ったら「うるせえリンゴパンツ」と言われるのだろうが。
(口を開けば喋ってばっかだったな、私たち)
もし克哉の隣に黙って並んでいたら、何かあったのか、と尋ねてくるだろう。かわいこぶってと鼻で笑うくせに、お菓子か、夏場はアイスを持って、「食わね?」と言って、どうでもいいことをだらだら喋って、いつの間にかするすると悩みを聞き出しているのだ。そして結局「女って意味不明!」か「女ってめんどくせー!」とまとめてしまう。
それがなんだか心地よかった。スカートの長さで派閥があるとか、ヘアピンが派手だと目を付けられるとか。本当に、女子という生き物はよくわからない常識を罷り通らせているものだ。それを不満と感じつつも、身を委ねている自分がいる。
下がっていったエレベーターが、戻ってくる。
「亜季、今日こそ、今日こそMAKIKOのケーキを食うぞ!」
「あっ、ごめん、今日も早く帰るんだ、ごめん!」
「えー、亜季最近付き合いワルーイ」
「ほんとゴメン」
いいよ、と彼女たちは笑った。
「でもさ、そろそろ元気出しなよ。美味いもん食ったら元気出ると思うよ」
「ん……また今度行きたいな」
彼女たちは複雑そうに笑い、少し空っぽの席を気にするような素振りを見せたから、亜季は鞄を肩にかけた。またねと手を振った亜季に、友人が声をかける。
「また夜メールするからさ。ブッチすんなー」
寝落ちするかもーと言いながら、思う。
女子の付き合いに不満なところがあっても、身を委ねている自分がつまらなく感じられても、でも、一ヶ月で分かったことがある。
彼女たちは、優しい。誰かを思いやれる、優しいひとたちだということ。
ときどき束縛を感じても、ほとんどはみんな、軽く背を押して自由にしてくれる。みんな、自分ひとりだと頼りないから、学校やクラス、友人といったコミュニティでお互いに手を繋いでふわふわと飛んでいるのだ。でも、誰かが飛びたいときには、手を離して送り出してくれる。寂しく思ってくれるから、棘のある言葉を言うこともあるのが亜季の友人たち。
そう思うようになった、一ヶ月。
亜季の心は変わって、彼女たちを大切にしたくてたまらなくなっている。得難い人たちだと、何か返せないかとずっと考えているのに、今の亜季には自分のことだけ。克哉を追いかけるだけ。
同じ毎日、同じ心でいられないのが生きている人間の証なら、克哉は、やっぱり、死んでしまったのだ。
克哉の乗ったエレベーターを見送った。
「亜季ちゃん」
見送ったことに気を抜いていたのでびくっと振り返ると、電灯の光に上からほのかに照らされて、浜本のおばさんがいた。
「あっ、こ、こんにちは」
こんにちは、と笑ったまなじりには皺がある。この一ヶ月でずいぶん深く、多くなってしまった。髪も少しぱさついている。でも、笑顔はいつものように優しかった。
しかし挨拶だけで話すことがなくなってしまった。克哉が亡くなってから、亜季はおばさんの泣き顔しか見たことがない。部屋から出ず、いつも暗いままで、夜遅くになってから思い出したように玄関の明かりがつくところしか知らない。何を話せばいいのか。
エレベーターが来る。亜季は早く乗って、開のボタンを押しておばさんに乗り込んでもらった。九階まで間があり、沈黙が強ばっていた。籠った箱のにおいが胸に悪い。
学校のことを話すのは傷付けてしまいそうでいやだった。本当は、制服を着ているのすら嫌だ。
(何を話したら……)
「亜季ちゃん」
おばさんが、上へ向かう重力に落ちていくような静かな声で言った。
「おばさんたちね、引っ越すの」
亜季は目を見張った。思わず振り返り、でも何を言っていいのか分からずに、二人目の母親とも言うべきひとの顔を見つめる。
その表情は、思い詰めて苦しんでいる、でも振り切ろうとし始めて、前を向く顔だ。
「克哉がいなくなってしまったでしょう。あの子の品を整理する理由が欲しくてね、引っ越すことにしたの。おばさんだって、いつまでも泣いていたら克哉に怒られちゃうしね。『母さん、皺増えた』ってね」
だから、とおばさんは。
「ありがとう、亜季ちゃん」
思いがけないことを言った。
「この一ヶ月、亜季ちゃんが学校に行く音が、克哉が一緒に登校しているみたいで嬉しかった。あの子も学校に行ったんだ、送り出したんだって思って。亜季ちゃんが帰ってきた音がしたら、ああ今日は亜季ちゃんと一緒に帰ってきたのかしらって」
おばさんは、何も言えない亜季の頭を撫でた。
「だから、もう克哉と同じ時間に家を出なくていいのよ」
眠れなかった。どうしても、おばさんの言葉がぐるぐると回った。
本当に、偶然だったのだ。克哉が亡くなって、眠れないまま朝を迎えて、学校に行こうとしたら、その克哉がいた。あいつはこの時間に家を出ているんだな。グロッキーのせいでぼんやり考えて、脅かそうとして背中を叩いた。
なのに、空っぽの手に、生きた感触は掴み取れなかった。
我ながら未練がましく次の日同じ時間に家を出たら、同じように克哉は現れた。
学校中を走り回った。あいつがひょっこり現れるんじゃないかと思って。授業中は、一輪挿しの机だけを見つめた。部活の練習場にも張り込んだ。みんな、亜季がおかしくなったと思っているみたいだった。そんなはずない。まるで、大切な人をなくしたみたいな、恋人をなくしておかしくなってしまった女の人みたいになるはずない。そういうタマじゃないと、克哉はきっと笑うだろう。
もし浜本家が引っ越してしまったら、克哉はどうなるんだろう。おばさんと一緒についていってしまうのだろうか。それとも地縛霊などになってしまうのだろうか。もしかしたら、消えてしまうのだろうか。
そうしたらもう――会えなくなる。
とっくに会えなくなっているくせに、その思いが胸にのしかかってきた。笑い声もたった一ヶ月で遠くなり、借りっ放しのCDやDVDは確かに存在しているのに、克哉がその感想をなんて言っていたのかも思い出せない。階段から見下ろした、スカートの中を見てにやっとした笑い顔。どんな声で呼んでくれた? どんな顔でこっちを見た?
(克哉……)
亜季は、ぎゅうっと、イルカの抱き枕にしがみついた。
「――夢でもいい。せめて、一言……聞かせてよ……」
「雅雄、起きなさい! 亜季っ、起きなくていいの!!」
ばちっと目が覚めて飛び起きると、「げっ」という言葉が思いがけず飛び出した。もう、六時十分。
貧血を起こしたように目眩がした。
血が下がったために現実感のない気がする足下のまま、急いで制服に着替えた。六時十四分。がんがん頭痛がする。髪は縛るだけのまとめ髪にした。六時十八分。鞄を掴んだはいいものの携帯電話を忘れ、母が呼び止めた。六時二十分。
(間に合わない!)
泣きそうな気持ちで靴もろくに履けずに、倒れ込むように飛び出した。
(克哉!)
悲鳴を上げるように呼び叫んだことに気付かなかった亜季は、はっと足を止めた。
克哉が、こちらを見ていた。
「雅雄、とっとと起きな!」
閉まっていく扉の隙間から、母の声が洩れた。いつも、亜季が起こされていた声だ。ここから用意をして、七時に家を出るのが、一ヶ月より以前の亜季の毎日だった。
ご近所迷惑になるような大声で起こされる毎日。
克哉はエレベーターの前でその声を聞いていた。
そしてこの一ヶ月のいつものように振り返り。
――笑っていた。
さあっと、閉まっていたカーテンが開けるように、風が吹いて塵を吹き飛ばすように、何かが亜季の胸を走っていった。
間違いなく、克哉はこちらを見て笑っている。
彼はいつも、亜季の家の声を聞いて、こうして笑っていたのだ。
『先、行くから』
この一ヶ月、決して聞こえてこなかった声が、亜季の耳に飛び込んでくる。
まるで生きているみたいだ。こんなにも、声は鮮明に届く。亜季の胸に届く。表情は目に焼き付く。うしし、と悪い顔。最高の企みと楽しさを、いっぱいに溢れさせたその顔。
『また、な』
やってきたエレベーターに克哉が乗り込む。
(克哉)
こちらを見ている。亜季はよろめきながら立ち上がる。
(やだ。克哉)
そんな一言、望んでない!
扉が閉まり始める。踏み出した一歩で弾かれるように走り出した。
(行かないでよ、克哉!)
伸ばした手を触れさせることもせず、エレベーターは動き出した。
ぶつかった拳の痛みを感じながら、亜季はよろよろとエレベーターの前に立った。ぼんやりと薄暗い朝と影で鏡になったガラスは、今にも壊れそうな顔を映し出していた。そのまま上下と階数の表示を見ていて、はっとした。
(……上から、来てる)
オレンジ色の三角は、下から戻ってきたのではなく、上から戻ってくることを示す『▼』になっていた。そしてその通り、箱の下部が見え、降りてきたエレベーターが亜季の目の前で開いた。
(……克哉)
一階に押すボタンが見えなくなって、押し損じた。唇が震えて、殺しきれなかった声が箱で反響した。
涙が、止まらなくなった。
(克哉)
変わることが生きている人間の証なら。
(あんたはもうここにはいないんだ)
上にいったエレベーターは、克哉を乗せて、遠く、遠く。届かない場所へと運んでしまったようだった。だからもう、克哉は学校に行かないし、帰ってくることもない。騒がしい亜季の家の声を聞いて、仕方ないやつ、とああやって笑う顔も見ることは、もう、ない。
一ヶ月続いた毎日は、いつか終わらなければいけないものだった。
亜季は、生きているから。
変化する日々を、変化しながら、生きていく。
エレベーターが下がる。『▼』の表示。決して、上へは行かない。克哉の行ったところへは連れていってくれない。きっと、彼の言うように「先に」あって、「また」いつの日が会うときが来るときに開かれる道なのだ。
これから、きっと、その時間を見るたびに、どきりと胸が高鳴り、そしてじくじくと痛むだろう。克哉が生きた時間を記憶し、それでもいつしか薄れていくにちがいない。それがたまらなく悲しく、けれども、これ以上なく幸福なことだと、悪戯をする顔を思い描いて嗚咽を漏らした。
『先、行くから』
悪戯の顔。
絶対に追い付けないと確信している、その顔。
――あんたのいない世界で、あたしは生きていく。
エレベーターの中、一人きりの箱の中で、ぺたりと子どものように座り込んだ亜季は、もう二度と会えなくなった克哉を見送るように、大声で泣きじゃくった。
箱が開く。涙を拭った亜季は、そこから降りて数歩進んだ後、ふと思い出してエレベーターを振り返った。
風が吹く。まだ熱を持った目に染みた。これから魔法をかけなおさなければならない髪を揺らす。これから、魔法のかかった一番の姿を見てくれる人は変わるけれど、この今の瞬間まで、亜季はずっと、克哉が一番の人だった、と言えるだろう。
(あんたが大切だったよ)
さあ、行こう。亜季は毎日へ。克哉は――どこへ、だろうか。
最後に克哉の声が聞こえたのは、一体どんな魔法だったのだろう。彼が、また新しい生へ向かうために見せた、最後の変化だったのだろうか。ああ、もしかしたら、魂はいつまでも生き続けるのかもしれない。だから、生まれ変わりという変化の考え方があるのかもしれない。
だとしたら、本当に、「また、な」だ。輪廻の教えはよく分からないけれど、「また」会う約束だと思えば胸に温かいものが満ちた。
だったら言えることはひとつだけ。
胸いっぱいに息を吸った。冷たい空気が胸を満たし、温かく吐き出された。
「いってらっしゃい、克哉」
エレベーターはするすると閉じ、上へあがっていった。