「エリシア」
 ぼんやり見上げる。
「サヨコって誰だ」
 躊躇や、この先のことを考えたわけではない。ただ口が重くて、間が空いた。
 厳しくはないが追究する二人の目から俯き、のろのろと答えた。
「……私の名前。私の、本当の名前」



 世界は、変化すべきだ。
 ――その時は、退屈な日常に変化を求めるような気軽な気持ちで、そう思っていた。






St.アンダーグランド 予告編







犯罪者の巣窟、どこにも行けない、存在しない人々が巣食う、幻の階層が、エデンのどこかにある。
そんな都市伝説が脳裏を駆け巡る。

「ようこそ。我らが地下世界、アンダーグラウンドへ!」









「……私の命なんて、意味ない」

 口にすると、確かな実感だった。
 元々意味のない命だ。捨てられたものだ。
 第三階層の人間として生きる価値がないと判断された。
 殺せなかった、父は手を汚したくなかったから、生かされていただけだ。
 本当は『あの時』に死ぬべきだった――!

「家族にも見捨てられた私よりも、家族がいる人間の方が大事に決まってるでしょ!!」

 次の瞬間、視界に星が飛んだ。
 遅れて、頬が痛い。
 殴られたのだ。



「殺してやる」



 紗夜子のまなじりから、溜まっていた涙が意図せずに滑り落ちる。

「お前の命なんて、どうこうする価値もない。それが平等だってことだ。
楽になれるぞ。逃げなくていい、追われて殺される心配もない。だから、殺してやるよ」





例え、この手が血にまみれていても。
望んでしまう自分は、罪深い。





「トオヤ。私に――戦い方を教えて」








「あなたの願いを叶えてあげたいと思っただけなのに、そんな恐い顔をされるのは心外です」

(……願い……?)

 何も願っていない。
 願い事なんて生易しい響きのものを紗夜子は持っていない。

「例えるなら、欲望というべき強い思い」



「あなたの力は銃弾にある。
願いなさい。思いなさい。
あなたの意志ひとつで、その銃はあなたの願いを叶えてくれる」




『めざめなさい、子どもたち』




「俺らは戦うしかない。戦って手に入れることしかできんようになってしもたんや。
高度文明に生きとって戦争でしか変化でけへんとか、ちゃんちゃらおかしいわ」







「だったら君が、主張し続けてくれればいい。私たちを信じてくれればいいんだよ。
そしていつか、そのために何かしてくれればいい」







『Untitled――Unknown――Uncertainty――』







 その子は、紗夜子を見て笑った。
 まるで、夜が何かを連れて来たかのように。

「初めまして、紗夜子。僕の――」





標本のように 死の影は濃く
漕ぎ出した海に沈み 闇に凝る
その名は知らない 墓標に刻まれないから
このまま消え去れば 美しさだけが残る






「……それでも」
 紗夜子は呟いた。顔を覆っていた手を外し、その手の中を見つめて。
 手の中には、闇がある。
「それでも、戦うしかないんだ」




 ――私は、あなたを、許さない。





2011年 秋 公開予定