いつか、急いで大人にならなくていいんだよと言ったひとがいた。
「でも私は」
また同じ答えを口にしてしまう紗夜子は、もしかしたら間違っているのだろうか。
「今、が欲しいの。今。みんなを、守りたいの」
St.アンダーグランド 第3部 予告編
「ようこそ、深遠なる世界、アンダーグラウンドの中枢へ」
繰り返し思い出す光景がある。
夜の暗闇に、光を弾く刃物の白さ。
光の赤で、少女の瞳は血の涙を流すように輝き、
強ばった彼女の顔は、造りものめいていたがために今にも壊れそうだった。
「あの人は一緒に落ちていく人を求めているのよ。
でもあたしはそうじゃない。あたしはすくいあげたいの。
落ちていくあの人を」
強い瞳で言った。
「あたしは、落ちない」
(なあ、紗夜子……頼むから)
もうこれ以上、俺に何も出来ないと思わせないでくれ。
(もっと心を暴かれそうで……こわかったんだ。
気持ちがばれてしまうのが、こわかったんだ……)
追いかけて、捕まえてくる。手を引いて、連れていこうとする、
そのつながったところから、トオヤはすくいあげるように紗夜子の気持ちを知ってしまいそうな、
そんな恐れがあったのだと知った。
その手が大切すぎて、離したくないから。
知りたいと思うから、知られてしまうのが、こわかった。
高校生たちのおしゃべりが、不思議に遠い。
この日常は自分のものではないという違和感がある。
疎外感にも似ている。私はひとりきりだと叫ぶときの気持ちだ。
冷たく、暗く、静かなのに泣きたい感覚。
この中の誰も、紗夜子が友達を撃ったなんて知らないし、
それより以前に何があったのかも知らない。
トオヤでさえも。
「エリシアって誰だ」
真っ黒の瞳の中に、信頼を見た。
紗夜子は答えた。本当は、そうして聞いてもらいたかったのだ。
2012年 初夏 第3部公開予定