「サーヨちゃん!」と満面の笑みで手を後ろにして、長い手足でもってうさぎみたいにぴょんと跳ねた二十四歳成人男性に、目を真剣にして紗夜子は言った。
「可愛くない」
「ひどい!」
いくら可愛い仕草で笑顔でも、やっている彼自身はドレッドヘアにサングラス、派手な柄のシャツの、どこからどう見てもその筋の人スタイルだ。わっと顔を覆えば、その迫力は半減するが。
「どうしたの、ジャック」
しかしその内面は、仲間思いの気遣い屋だ。それを分かっていて、一転してにっこりと紗夜子が尋ねると、ぱっと手を離してジャックは後ろに落としていたものを取り出した。
「じゃじゃーん! 白ワンピー!」
ブランドの紙袋に入った白い洋服を取り出し、紗夜子の目の前に広げてみせる。
シャツっぽいような、襟のある長袖のワンピースだ。スカート丈は膝くらいだろう。スカートは二枚重ねになっていて、白いレースが裾を飾っている。そしてジャックが宣言したように、漂白したと分かるくらい真っ白だ。
「わ、かわいい!」
「かわええやろー? サヨちゃん立って立って」
椅子から立ち上がらせられると、ジャックは紗夜子に背中を向けさせて、そのワンピースを肩のラインに合わせ始める。そして「ええ感じ!」と言って、紗夜子にそのワンピースを押し付けた。
「はい、プレゼント!」
ぎょっとした。
「ちょっ、もらえない!」
「何言うてんの。普段着も支給してるやん? これのその一環やって」
「でも!」
服が入っていた紙袋を見れば、安くはないというのはすぐ分かる。そしてアンダーグラウンドにいるのなら、こういう汚れやすい服は、ほとんど役に立たないドレスのようなもので。
紗夜子はジャックに押し付け返そうとしたが、次の一言に、落ちた。
「着てきて、トオヤに会うてきたら?」
「っ!!!!!」
ぼんっ! とポップコーンが弾けるような音を立てて顔が真っ赤になった。
その混乱のままに「はい着替えてー」と隣室に押し込められる。紗夜子はぼうっとしたままワンピースに着替えた。
(……やわらかーい……)
頼りないくらいふわふわとした生地。レースは繊細で、とても柔らかい。どこかに引っ掛けてすぐに破いてしまいそうだ。後ろを確かめるべく身体をひねって、赤面する。こうしていると、なんだか自分が『かわいい女の子』になった気分だ。
その姿でそうっと扉を開けると、電話をしていたジャックが気付いて手招きした。紗夜子はゆっくり部屋を出て、スカートの裾をつまんだ。
「へ、へん……」
「ぜんぜん! めっちゃかわいいで!」
全身真っ白だなんて今時のモデルもなかなか着ないだろうに、という時代錯誤にも思える一着だったが、長い黒髪と、地下ぐらしのせいで白い肌の紗夜子には、人形のような可愛らしさがあり、適度に運動していることもあって背筋がよく、足下も綺麗で、ジャックはとても満足したのだった。
「白ワンピはロマンやなあ……」
「なんか変態臭いよ、それ」
「くるって回ってくれへん?」
「こう?」
ひらりとスカートが舞い上がる。ジャックはいい笑顔で親指を突き出した。
「カンッペキ!」
と宣言された頃に、チャイムが鳴った。そして、返事をする前に扉が開く音がする。
「ジャック?」
「……っ!?」
声がした瞬間、それが誰か分かってしまった。ジャックの顔を見ると、彼はにやあっとして、鼻歌を歌い出しそうな笑顔で玄関に声を放つ。
「おう、トオヤ。呼び出してごめんやでー」
「別に。暇だったし」
物を積み上げた廊下から、金髪の青年は紗夜子の白い姿を見つけて、瞬きしながらやってきた。
「コスプレ?」
「……殴る!」
「待ったー!」
一瞬にして一触即発になった二人の間に、ジャックが割り込んだ。
「何がコスプレやねん! サヨちゃんもその格好で殴るとか言わんといて!」
「コスプレじゃないなら何やってんだ。舞踏会でも行くのか?」
コスプレ、舞踏会、とあまりにも偏った知識に、紗夜子は軽く目眩を覚えた。
「……ジャックがっ。プレゼントしてくれたの!」
ふうんとトオヤは得心のいったような声を出して、ジャックに言った。
「趣味爆発じゃねえか、ロリコン」
「言わんといて!」ジャックはわっと顔を覆った。
紗夜子は軽くため息をついて、隣室へ向かう。
「おい?」
「脱ぐの! ……どうせ無駄だとか思ってるんでしょ、こういう服」
実際紗夜子もそう思ったから仕方がない。すると、トオヤはちょっと視線を上に投げた後、「待て」と言って、紗夜子ににやっとした。
「ちょっと他の奴らに見せびらかしてやろうぜ、それ」
「……はあ?」
「ほら、靴履け。行くぞ」
「ちょ、ちょっとトオヤ!?」
一度面白がると止まらないトオヤは、紗夜子を誘って、もう玄関で靴を履き始めている。紗夜子が慌ててジャックを見ると、彼はにこやかに手を振っていた。
「お散歩デートいってらっしゃーい」
「デ……とかじゃないからーっ!!」
「早く来いよ! それとも行かねえのかどっちだ」
紗夜子の返事が一つしかないと気付いていないトオヤは、とても罪深い。
「……行く!」
くるりと玄関に向き直った紗夜子に、ジャックは「靴は紙袋の中やでー」と声をかけた。やがて、爪先がラウンドになった、俗にいうコスプレ者が愛用する『おでこ靴』に「趣味爆発だー!!」と叫ぶ紗夜子の声が轟いた。
20111013初出
20120720加筆修正