たった十歳違うだけの微妙な年齢の、突然の不幸に泣くばかりで先のことなど考えていなかった姪っ子を、ティファニーはどんな気持ちで引き取ったのだろう。当時の彼女の年齢になった時、イリスは、たった二十歳で決断した彼女の思いを、とても神聖なものとして受け止めるようになっていた。ティファニーは大事な養母であり、叔母であり、親友だった。進路を決めるときは誰よりも真摯に話を聞き、決して自分の望みを押し付けようとはしなかったし、プロムのとき、彼女がすべて見立ててくれたおかげで、イリスはみっともない姿を晒さずに済んだ。そのときの彼とはもう別れてしまったけれど……。
思い返せば思い返すほど、ティファニーは大事な人だということが思い知らされるばかりだった。限りない愛を、誠意を、友情を示してくれたたった一人のひとだった。何度流したかもしれない涙を拭って、イリスは巨大な鞄を手に取り、スーツケースを持ち上げた。手が痺れるほど重い荷物を持って歩み、最後に、叔母と十五年間暮らした我が家を振り返った。
電気も水道もガスも、すべて落としきったその家は、人のぬくもりを少しずつ失っていくことだろう。ここに戻ってくるとき、きっと、私はティファニーの香りを感じることはない。家に漂いながらいつしか薄れていく彼女に怯えるくらいなら。ここが情もない他人に荒らされるくらいなら。私は、ここを出て行く。
イリスは扉を閉めた。もう、振り向くことはなかった。
初出:20110926
back << □ >> next
TOP
INDEX