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 目覚めると青い世界だった。壁も床も天井も、目に映るものすべてが、静寂の青に染められている。棺から起き出し、わずかに冷たい石の床を歩いて、部屋を出た。
 廊下に立っていたセルグが胸に手を当ててお辞儀をする。小庭に集まった兵士たちがこちらに気付き、大きく手を振った者もいたが、周囲に諌められて背筋を正し、うやうやしく礼をした。回廊を曲がっていくとリェンカとシェンラが廊下の左右に立っていて、軽く膝を曲げて見送ってくれる。無骨に立っている眷属たちも、通り過ぎる時には少し微笑んでくれたようだった。さらに進んでいくと、柱にもたれかかっていたエルヴィを見つけた。もうすっかり髪が青くなったのを示すかのように軽く肩をすくめてみせる。彼が振り向いたところからやってくるのは、青銀色の裾を引きずってきたニンヌだった。変わらぬ美貌の面を喜びに輝かせながら手を伸ばして抱きつこうとしたが、ぐっと堪えるように胸の前で手を握り、鳥が翼を広げるように膝を折る。
 リカシェはそれらひとつひとつに目礼して、その場所へ向かった。
 そして、光が溢れる。
 その庭は一面の薄紫の花で覆われ、壁には緑の蔓が絡み、白い花を咲かせていた。あの東屋にも緑の傘が被せられ、黄金の花が灯火のように開いている。
 その下で彼は眠っていた。東屋を馴染みの場所のようにして、座った姿勢に俯く形で、心地好さそうに目を閉じている。花の気と彼の力が混ざり合い、きらめきとなって天に昇っていた。
 そっと彼のそばに近付いた。リカシェがその頬に触れようとすると、彼は目を開いた。
 ハルフィスは、ああ、と息をこぼし、笑った。
「待っていた。リカシェ――私の、最後の花嫁」


 たくさん話しましょう。私とあなたのこれまでの出来事。
 思いと感情の形、色彩。その豊かさについて。
 そして、あなたと出逢って知った、この愛おしさを。


       *


 死して再び水葬都市に迎え入れられたリカシェがハルフィスの花嫁となって死者を護り、孤独な王に侍って地上の出来事を語り聞かせるうちに、死の都では一つの決まりごとが生まれた。
 それは、水葬都市に訪れた死者は彼の王に自身の人生や家族や友人や恋人の物語を話して聞かせるように、というものだった。
 静謐であっただけの城には死を迎えた者が必ず一度は召喚されるようになり、人々はその城に住まう王と王妃にどんな物語を聞かせようか楽しみにするようになっていった。
 冥府に住まうニルヤはハルフィスからリカシェを取り上げることはせず、ふたりでよく都を治めるようにと告げたという。そのため中原では生きながらに水葬され捧げられる乙女はいなくなったそうだ。

 時代が変わってアスティアスが王でなくなり弔いの方法が主に火葬になった今でも、水葬王の花嫁リカシェの名は愛と約束を司るものとして語り継がれている。


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