ひとつきり みっつめ
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 壮麗な箱ばかりが送りつけられ何事かと思えば、オルギュットからだった。また何を考えていると頭が痛かったのだが、中身を改めた女官たちは驚き、どよめいた。そこには、見知らぬ衣装が山ほど詰め込まれていたのだった。しかし、いちるはその中の数着に覚えがあることに思い当たった。襟元を飾り編みにして透けさせているそれは、自分が身につけたものではなかったか。レイチェルが言った一言が決定打だった。
「姫様の寸法に合わせているようですね」
 つまり、あの男は、いちるがイバーマで着たものも用意したものもすべて送ってきたのだ。冬用の衣類にしろと、そういうことらしい。
(送り返すべきか? 受け取れば甘やかすことになるやもしれぬ)
 不意の贈り物をする癖のようなものはあちらで見受けられていたが、これを機にやって来られると面倒が起こる可能性がある。職人や品物に罪はないのだが、それにしても多かった。長櫃に五箱、中程度の葛籠が五個、装飾品の箱が二十ほど。靴まである。結局アンバーシュを呼んだ。男はすぐに来た。相当中身が気になっていたらしく、伝えた途端、かすかに眉を動かした。少し苛立ったのだ。
 アンバーシュは表に出された物を一瞥し、言った。
「どうしますか?」
 ここで相手に委ねるのが、この男の狭量で卑屈なところだと、いちるは唇を歪めた。
「受け取る理由もないが、送り返す意味もない。役に立ちそうなものは普段着として使い、豪奢なものは誰かに下げ渡そう。表に着ていけぬゆえに」
 別の男から贈られた衣装を、特に公的な場で着ることは出来ない。普段着すら衆目に触れれば要らぬ誤解を呼ぶのだから、実質ほとんどを下の者に下げることになる。例えそれが誰の目に触れたこともない新しいものであっても、いちるの心がそれをよしとしないのだ。
 アンバーシュは己の顔に気付いたらしい、表情を繕うように苦笑を貼り付けた。
「気に入ったものなら、別に取っていても構いませんよ。イバーマの衣装を着ているあなたも綺麗でしたしね」
「本当にそれでいいのなら、そうするが?」
 視線が交わり、火花が散った。
 アンバーシュがにやりとした。
「ええ、まったく、構いません。どんな服に包まれていようと、中身は全部俺のものなんですから」
 女官たちが息を殺す音をかすかに聞きながら、いちるは嘆息した。
「なるほど、そういう考え方もあるか……」
「うん? 反応としては今ひとつでしたか?」
「許したものしか身につけるな、と言うと思っていた。相手はオルギュットであるし。なるほど、見誤っていた……」
 それとも、これが余裕というものなのだろうか。いちるが側にいるという確信。敵対者との決定的な違い、己の優位。なんとつまらない優越感なのだろう。そういえば、自分は常に身ひとつであったので、アンバーシュの答えは正しいと言えるかもしれない。
 与えたのはこの身ひとつ。心ひとつだった。
「わたしだけか? 外身に意味はないか」
「あなただけですよ。何を着ていようと、何を持っていても」
 アンバーシュは微笑み、いちるの頬を手の甲でなぞる。手のひらよりも乾いたきめの荒い肌が骨と当たり、落ち着かない。
 その手のひらがもっと熱いときを知っている。
「明日は衣装部を呼びましょう。こちらも新しい衣装を作らなければね。希望を出しておいてください。俺の目の色に合わせたものを、一着考えておいてくれると嬉しいかな」
 あまりにも真っ直ぐに訴えかけられる懇願に、いちるは気恥ずかしさで目を逸らした。願い事にしては小さなものだったが、希うという言葉が添うほど、真摯なものだと感じてしまったのだ。
「……分かった」
 アンバーシュはにこりとすると、邪魔したことを詫びて去っていった。女官たちは張りつめていた空気から何とか新鮮な空気を求めようと窓を開けたり扉を開けたりと忙しく動き始める。箱を眺めやりながら、いちるは、ひっそりと積もる気持ちに胸が暖められていることを感じるのだった。


20131121初出 リクエスト:アクセサリーや衣装を間章時点で選ぶとしたらどんなやりとりがあるのか

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