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まるで、待ち望んでいた王を迎える騎士たちの挿絵のようだ。少し離れたところで、アマーリエがその美しい光景に魅入っていると、キヨツグの長く深いため息がそれらをぶち壊した。
「……わざとらしすぎて、当て擦りにしか思えぬ。盗賊団の捕縛が後手に回ったのは確かだが、呼びつけられた上で手を貸したのだから相殺だろう」
男性はしかつめらしい顔を上げて、次の瞬間、にやっとした。
「なんだよ、敬ってやってるんだから、ありがたく思えよ」
「恩着せがましい」
「何おう」と立ち上がった彼は、太い腕でがっちりキヨツグを抑え込む。荒々しい態度にアマーリエはびくっと跳ねたが、キヨツグは抵抗しなかった。「はー……」と息を吐いて、振り回されるがままになっている。
「ヨシヒト。もう酔っているのか」
「朝から飲むもんか。俺が真面目なの、知ってるだろ」
なんだ、これは。
激しく瞬きを繰り返して、目の前の光景が夢ではないことを確かめる。それでも、なんだこれは、という思いは止められなかった。
(……キヨツグ様が、絡まれてる……)
しかも男子高校生か大学生のノリだ。信じられなさすぎて、頭痛がしてきた。
「おっ?」
他人事だったのはそこまでだった。擬似悪ノリ男子学生もといヨシヒトが、キヨツグを放置し、こちらにやってきたからだ。
好奇心のみなぎるきらきらした目で見つめられ、身を引きそうになるが、笑ってみる。多少引きつっていたかもしれないが、感じが悪いと思われるよりはいい。
「真様でいらっしゃいますか?」
しかし、予想に反して、初めて投げかけられた言葉は非常に丁寧なものだった。ヨシヒトは、目の輝きはそのままに、年長者らしい柔らかな笑みでアマーリエを見つめている。「はい」と答えると、彼はにっこりした。
「お初にお目にかかります。セノオ一族の当主、ヨシヒト・セノオと申します。ご挨拶が遅れた無礼をお詫び申し上げます。お目にかかれて光栄です」
「ご挨拶をありがとうございます。アマーリエ・エリカ・シェンです。ご活躍はかねてより聞き及んでおります。この度も、リリスの安寧のためにご尽力いただき、ありがとうございます」
ちょっと怯みつつも、このくらいの挨拶ならすらすら出てくる。日頃の成果の賜物だ。
微笑むアマーリエに、ヨシヒトはにこっと笑顔を返すと、やりとりを眺めていたキヨツグの首を再び、がっし、と拘束した。
「なんだよ、お前。人の顔貌に興味なんてなかったくせに、めちゃくちゃ可愛いじゃないか!」
「ヨシヒト」
「ちっこくて細っこくて、お人形さんみたいだなあ。確かに、いままでには見なかった女の子だな。お前、ああいう感じの子が好きだったの? だったら教えてくれればよかったのに」
「ヨシヒト」
「郷にいた子だと、アカリとか、ミソンとか? それとも年下か? みんな美人になったぞぉ、お前が声をかけたら絶対、」
そのとき、キヨツグの右手がヨシヒトの顎を捉えた。
顎下を掴み、ぎりぎりと思いきり押し上げるので、ヨシヒトは大きく仰け反らざるを得ない。「ぁ痛ででててっ」と痛みを訴えて両手を泳がせるそこへ、キヨツグの氷点下の声が響いた。
「ヨシヒト、お前、わかってやっているだろう」
「そんなの当たり前、っ痛い痛い痛い! 顎、顎が砕ける!」
ごめん、悪かった、という言葉を引き出してから、キヨツグはヨシヒトを解放した。よっぽど痛かったらしいヨシヒトは、顔の痛みを取るように両手で頬を摩りながら、恨みがましそうな目を向けるが、キヨツグは意に介さない。ここまで呆気に取られていたアマーリエの両手を掴んで、言った。
「……すべて、ヨシヒトの冗談だ。本気にするな」
その様子が、なんだかとても、焦っているような、必死なような、だったので。
ぱちぱち、と瞬きをしていたアマーリエは、やがて唇を震わし、しかし両手を取られているために口を覆うこともできず、顔を伏せて肩を竦めて一生懸命に耐えていたが。
「く……くく……ふ…………んふふふっ……!」
結局、噴き出してしまった。
「な、なんなんですか、二人とも。た、立場のある大人が、そんな、しょ、小学生みたいなふざけ方……!」
声を上げて笑うアマーリエに、それまで大人しくしていたセノオ一族の面々も気を緩めて、どっと笑う。しばらく経っても笑いは収まらず、くすくすと笑っていると、キヨツグはどうにも気まずそうな顔をしていた。思ってもないところを笑われた、という感じだ。
笑いすぎて溢れた涙を拭いつつ、キヨツグの袖を引く。
「大丈夫ですよ。冗談だってわかってます。ヨシヒト殿は聞こえるように話していましたから」
あのようにあからさまに、しかも過去の色恋を匂わせる話題を持ち出してきたのだから、意図があるのはすぐに察せられる。それまでのやりとりで、ヨシヒトは非常に、あり得ないほどキヨツグと親しい人物だともわかっていたから、不安に思うまでもなく、わざとだと気付ける。
くすくす、笑いの名残で顔を緩ませつつ、尋ねる。
「もしかして、ちょっと心配になりましたか?」
キヨツグは一瞬、背後のヨシヒトたちを気にしたが、にやにや笑いの彼らに一瞬、わずかに眉をひそめ、アマーリエにしか聞こえないよう、ささやかな肯定を返す。だからアマーリエも、声を落として囁いた。
「……正直に言うと、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、嫉妬しました。終わったことにやきもちを焼いたって仕方がないのはわかってるんですけど、こればっかりはどうしようもなくて……ごめんなさ、」
最後まで言えなかったのは、さらわれるみたいに抱き締められたからだ。これには被っていた猫が剥がれてしまい「ひゃぁっ!?」と叫び声を上げてしまった。
「……可愛らしいことを言う」
その上、耳元に低い声を吹き込まれて、ぞくっとした。抗議しようとして、視線に気付く。
ヨシヒトも、セノオの面々も、突然繰り広げられた二人のやりとりに半ば呆然と目を見開いている。
こういう状況――キヨツグが過剰にアマーリエを構うのは、滅多にないわけではない。日常茶飯事とまではいかないが、王宮勤めの者たちが見ないふりもできるようになったくらいの頻度で、それだけ時間が経った。
しかし、セノオの面々はそんなことを知るわけがない。突然いちゃつき始めたぞ、と衝撃を受けたはずだ。
アマーリエは顔を真っ赤にして、ぎゅうぎゅうと拘束するキヨツグの腕を叩いた。
「き、キヨツグ様っ、離してください! 見られてますよ!」
「……だから?」
あ、これはだめだ。
ヨシヒトに相当苛々させられたらしい。揶揄われた腹いせに、開き直って、いちゃいちゃを見せつけてやる魂胆だ。いくら親しい間柄の者しかいないとはいえ、族長夫妻の品位を下げるような真似は避けるべきなのに。
一秒の間に目まぐるしく考え、直感的にその台詞を選択し、叫んでいた。
「空腹で倒れそうです、お願いですから、朝食を食べさせてください……!」
果たして、その効果は絶大だった。
「……それはいけない」と言ったキヨツグはアマーリエの手を引いて円座に連れていったかと思うと、そこに座らせ、器にあった軽いつまみの干し果物を取って、唇に近付けてきた。
一難去ってまた一難。「あーん」と呼ばれるやつだ。
(墓穴を掘った……ううん、まだ挽回できるはず!)
この状況を招いた一因はアマーリエにもあるので、羞恥で眉間に皺を入れながらも、大人しく口を開く。
(あ、美味しい)
干した杏は、お菓子のグミのように柔く、歯ごたえがある。ぎゅっと詰まった甘酸っぱさに、まぶした砂糖のストレートな甘さが合わさり、ただの果実にはない甘さと旨味がくせになりそうだ。噛めば噛むほど甘く、久しく感じたことのない舌触りで、つい顔が緩んでしまった。だからキヨツグはそれをもうひとつ摘まんで。
「……もっと?」
心臓に悪い、甘やかすための美声で言った。
胸を撃ち抜かれてしまったアマーリエが、へなへなと倒れ込むより早く、ヨシヒトが絶叫した。
「ち……っくしょぉおおお! 見せつけやがって! 俺も、俺もウヅキとそういうのやりたい!!」
「ウヅキは嫌がるだろう」
「そっすね。姐さん、間違っても人のいるところでいちゃついたりしませんね」
「っす。同じことやったら鉄拳が飛ぶっす」
「くそおおおおおお」
キヨツグが言い、一族の者たちが同意すると、ヨシヒトはさらに悔しげに天を仰いだ。
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