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「キス、しましょう」
「そういう関係」になってから、夜はお互いの出方を探るようになっていた、と思う。それを変えるための一言を、アマーリエは意を決して告げた。
「…………」
しかしせっかくの勇気は、キヨツグのゆるりとした瞬きの前に呆気なく霧散した。さらには首筋から頬に向けて上ってきた熱でもって、他愛ない言葉も失われた。寝台の上に正座し、膝の上で拳を握りしめていたアマーリエは、肩に首を埋めてしまうくらいに固くなったまま、頭の中を真っ白にした。
やっぱり、こちらから言い出すのははしたないことだったか。
けれど、嫌がっていると思われるのは心外だ。
恋人や夫婦の知識に激しく乏しいアマーリエは、何が一般的で、どれが常識はずれなのかわからない。そうして様々な思いが複雑に絡んだ結果、せめて好意を伝える台詞としての「キス、しましょう」なのだった。
「……キス」
繰り返さないでほしい、お願いだから。
萎えてしまいそうだったアマーリエだったが、はっと気付いた。もしかして『キス』が何か伝わっていないのではないか。
「くっ、口付けのことですっ」
勢いよく説明したところで、限界が来た。
(だ、だめ! やっぱり恥ずかしい……!)
大丈夫です、もう忘れてください、そう言うためにぐるぐると定まらない目を上げた先で、キヨツグが動いた。
寝台の隣に静かに腰を下ろし、そっとアマーリエの頬を包む。見上げた先に、彼の瞳がある。魅入られる。なんて綺麗な黒――。
「……目は、開けたままでいいのか」
慌てて目蓋を下ろすと、くつ、と笑う気配。
そうして唇に熱が触れた。
柔らかくて温かくて。触れられた瞬間、砂糖のように全身が溶けてしまいそうになる。
睫毛を震わせて目を開くと、キヨツグはまだ吐息のかかる距離に留まっていた。途端に鼻先を擦り合わされ、驚きのあまり石化したアマーリエを、この上なく愛おしいものを前にしたように、キヨツグが目を細める。遊ぶように触れる指先は、思わず呼吸を止めてしまいそうな艶めいた仕草だ。
「……この歳になって、口付けひとつを面映ゆく感じるとはな……」
口の端に浮かんだかすかな笑みに、アマーリエは今度こそ真っ赤になった。それをキヨツグは覗き込むようにして身を寄せてくる。
次の口付けはきっと、さっきよりもう少しだけ熱いはずだ。
初出:201004拍手お礼
改訂版:20201116
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