Stage 10 
      


 先攻部隊の中心メンバーは、そのままアンダーグラウンド第三層に降りていった。トオヤたちは、紗夜子がジャンヌに近付くのを許そうとせず、ジャンヌはそれに気付いて、チェシャ猫のようににやりと笑っていた。いつもの顔だった。バッカみたい、と今にも言いそうだ。
 三層に着くと、トオヤ、ジャック、ディクソンがジャンヌを取り囲んだ。やがてボスとライヤがやってきて、ジャンヌはただひとり、男どもと相対した。面倒そうな、眉を上げる顔をし、首を後ろを掻く。白い肌がきめ細やかに光った。
「そんな怖い顔しないでよ。暴れるつもりなんてないわ」
「お前、【魔女】なのか」
 口火を切ったトオヤに、ジャンヌは指を指す。
「とりあえず、椅子と飲み物を用意しなさいよ。長くなるから」
 その通りだと見たボスがそれぞれに着席するよう促した。しかし、ディクソンとジャックは出入り口とジャンヌの側にそれぞれ陣取った。万が一があれば即刻動けるようにだ。信用されてないのね、とジャンヌは唇を曲げた。
「さて、どこから話したものかしらね……」
「ジャンヌは、記憶がないって言った。それは、【魔女】としての記憶がなかったってこと?」
 紗夜子が身を乗り出すと、彼女は頷いた。
「今から十年前、肉体と意識を得た【魔女】はそこから数年かけて人間らしさを教育されていくはずだった。でも五年前、あたしはアンダーグラウンドに落ちてきた。どうやら、記憶装置に手を入れられたみたいでね、学習記録を失い、名前だけになったあたしは、偶然教主様に拾われたわけ。彼のもとで『記憶を失った人間』としてあたしは生き始めたの。自分が、ロボットだってことを忘れてね」
「お前がロボットだってことには誰も気付かなかったのか?」
「あたしは自分の四肢が生体義肢だってことには気付いてたし、医者たちも知ってたと思う。ただ、CTとかX線とか、ここじゃそういう検査をする必要がなかったでしょ。内蔵までそうだってことは、あたしも知らなかった」
「食事、してたやんな?」
 ジャックが不思議そうに聞く。
「消化や排泄はできるようになってるのよ。【魔女】のボディ開発は『より人間に近く』っていうのがテーマだったからね。ただ、あたしはあんまり性能が良くないわね。お酒を飲んで吐く方が多かったのは、そういうのが理由だと思うわ」
「よくできてる」
 呟いたのはライヤだった。失礼とも思えるような無遠慮な視線で、ジャンヌの身体をじっと見ている。いつもの調子とはまったく違う、静かで見透かすような目だ。研いだメスみたいな目をして、サイガの狸じじいにしては上出来だ、と言う。視線を受けたジャンヌは苦笑した。種類が違うとはいえ、見つめられるのは慣れているのだろう。
「君が【魔女】だというなら、現在の情報は【女神】に送られているのか?」
 ジャンヌは首を振る。
「いいえ、ボス。記録装置の改ざんとともに、【女神】との接続装置にも手を加えられたようです。あたしの中には【女神】と接続するための機関がありません。あたしを何か別のものと接続するには、首の後ろの端子でつなげるしかないみたいです」
 そう言って、ジャンヌは髪を右に流し、背中を向けて、首の後ろを披露した。日に焼けない白い首は真珠のようにきらきらと輝いているが、今思えばそれは、皮膚がそのように光沢のある素材で作られているのだと分かる。ジャンヌがその柔らかい皮膚をぐっと押すと、USBポートのような出っ張りとへこみが押し出されるようにして浮かび上がった。
「これはどの【魔女】にもある端子で、あたしたちはお互いにこれに触って、情報をやり取りしたりするの。強い電気信号を送れば、体内機関を混乱させることが可能ってわけ」
 それをテレサとの戦闘で利用したのだ。
「【魔女】は最終的には【女神】で統制される存在だけど、あたしはその接続装置がないし、テレサも、その命令を無視できるような改造をしたみたいね。あの子自身も言ったけど、多分、次期【女神】候補としての権利をテレサは失ってる。紗夜子とあたしを倒せば、候補になるような存在はあの子しかいなくなるから、それを狙おうとしてるんでしょうね」
 自分で言った言葉に、ジャンヌは厳しい顔つきで目を伏せた。
「ジャンヌ?」
「……そこまでして、テレサは『最強』にこだわってるわけね。【魔女】はみんな失敗作だったってことか」

 第二の【魔女】。タカトオの命令に忠実だったエリザベス。
 第三の【魔女】。生まれた理由である【女神】よりも、たった一人の少女を愛し続けたダイアナ。
 第四の【魔女】。『最強』に固執し、自ら候補を降りてまで、すべての頂点に立とうとするテレサ。
 そして、第一の【魔女】。

「……ジャンヌは」
 沈黙の中で、紗夜子の問いかけはよく通った。
「それでも、私たちと一緒に戦ってくれるの?」
 これがあたし。そう言った彼女は、今もまだここに残っているのだろうか。人を模すのは意外と楽だ。本質を見極められる目を持つ人間など、たくさんはいない。人に近いものとして作られた【魔女】なら、それまでの『ジャンヌ』を表面に浮かべることは容易くできるはずだった。
「誰のために、戦うの?」
「あんたなら分かってるでしょうに」
 ため息をついて呆れた声を出したジャンヌは、すでに吹っ切った顔をしていた。一瞬見えたのは泣き顔のような表情だが、明るく目を細めて紗夜子を見た。
「言わないわ。それは、あたしだけの心にあればいいことだもの」
 紗夜子は頬を緩めた。そうだった。紗夜子だって言わないと決めたのだから、ジャンヌだってそうであっていいはずだ。全部を告白して共有すべきことなんてルールはないし、自分の胸だけにあって道を示してくれる明かりはある。だからこそ、大切で、愛おしい。
「テレサは準備を整えて紗夜子を狙ってくるわ」
 ジャンヌは男たちに言った。
「〈聖戦〉は最終段階に来てる。【女神】がこの事態を静観するのか、それとも紗夜子を最終候補として召喚するかは分からないけど、テレサが出てくるのは間違いないわ。あたしたちは紗夜子を守らなければ」
「それは、一緒に戦うってことでいいんだな?」
「途中で裏切られたらたまらんで」
「お前が言うな」とトオヤはジャックを小突いた。その様子にジャンヌは口元を緩めた後、表情を引き締め、凛と頷いた。
「あたしは人類の守護者なんかじゃない。あたしはあたし。最愛の者に殉じる女でしかないから、あたしは、その人のために戦うわ」
 その姿は、魔女というより、聖なる騎士のように見えた。


      



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