しかし、それは紗夜子の口から出たものではない。
 複数の悲鳴と驚きの声が重なり、駅中にいた人々が戸惑い、一斉に動き出す音が響き始めた。ぎいいいいと、内部のタイルの床を足に取り付けた二輪で走ってくる異形の姿が三つ見えた。
「っ!」
 驚愕に凍りついたのも一瞬、フルフェイス、フルメイルの装備をした襲撃者の肩から、マシンガンが下り、構えられた。火花が迫る。紗夜子はエクスリスの手を取って柱の影に隠れて攻撃をやり過ごし、素早く周辺に目を走らせると、赤い扉を見つけてそれを撃った。
 一発目は穴をあけた。二発目で鍵に当たった。
(当たった!)
 と思ったがすぐに引き金を弾いた。三発、四発と続けて撃った銃弾は消火栓を貫き、通路に水が噴き出す。水がタイルを滑りやすくし、先頭が転け、それに巻き込まれる形で二人目も体勢を崩した。三人目は進路を変えようとする、その隙に紗夜子は通路を駆け抜け駅から飛び出した。
 通路には撃たれた一般市民が倒れ伏している。紗夜子はぎゅっと唇を噛んだ。
 急にエクスリスが強引に紗夜子の手を引いた。次の瞬間、柱のコンクリートが穿たれ、身をすくめる。
 その肩を、ぐいと掴まれた。
「バカ紗夜子」
「トオヤ!」
 小さな火がまき散らされるようにきらめく。UGたちが駆けつけたのだ。
 紗夜子が何かを言う前に、トオヤは叱ることよりも戦闘指示を優先した。怒りはなく、冷静な厳しい顔をしている。シールドを張り、最低限の防衛ラインを敷いた後、銃撃戦が開始された。戦闘員以外の姿はなくなり、硝煙で駅構内が煙る。ぱあんと高らかに相手のフルフェイスが吹っ飛んでいくのが見えた。
「敵は……」
「【司祭】タイプが三体。さっき一体……今もう一体潰した。残り一体。四肢が生体義肢だ。捕まるな、首捻られんぞ」
 トオヤはエクスリスを見下ろしながら銃の安全装置を外した。エクスリスはこの状況にも動じず、ゆったりと笑っている。
 機械の四肢なら、紗夜子の向かって一飛びし、その腕で首をねじ切るのも簡単だ。ぞっとしたが、息を吸い込んで堪える。
 トオヤが銃撃を開始する。合わせて紗夜子も撃った。が、当たらない。生きたものに当てるのは難しいと分かっていても、思ったようにグリップが握れない。手が震える。熱い。汗が噴き出す。
 右手と左手で重い銃を支え、歯を食いしばる。
(まだ怖がってるの、私は!)
「殺すな、生け捕りにしろ! そいつらに聞きたいことがある」
 トオヤが発砲音の連鎖の中で無線に吹き込む。駅の柱の角が銃弾でえぐられ、電子広告が音を立てて砕け落ちる。壁は弾がめり込み、床は水浸しでまだ水が吹き出ている。
「トオヤ!」
 UGが叫ぶと、ちっとトオヤが舌打ちした。と思った時、紗夜子は襟首を掴まれ、かと思うと前へ投げ出されるようにして駅の外へ転がされる。そこへ、一瞬の静寂、次の刹那の閃光と爆音。
 黒煙が噴き上げ、飛び散ったガラスや石の破片が手のひらにざりと触れる。身体を起こすと欠片や埃が頭から落下する。
「なっ……」
 駅の入り口が半分ほど吹き飛んでいる。
【司祭】が手榴弾を投げたのだ。アスファルトの上の砂埃が入って涙目になり、煙にむせながら、紗夜子は自分に被さっていたトオヤに叫んだ。
「エクスは!?」
「あいつは放っといても死なねえよ!」
 次の瞬間、二人は同時にそれぞれの方向へ跳躍した。紗夜子は咄嗟に、後ろから飛び出してきたUGの後ろに入り、自分のシールドを展開しながら銃弾をしのぐ。赤い炎と粉塵が、追い風となって吹いていた。

「生け捕りにしろ、と、言ったな?」
 男の声が煙の中から響いた。UGたちの弾幕は、相手にも装備されているシールドによって弾かれていく。黒くけぶる視界の中でプリズムが光り、全身を機械で覆った一体が、腕そのものを銃にして、半壊した駅の入り口から、外のこちらへ歩んできた。
「舐めてもらっては困る。私は、【魔女】に最も近い【司祭】だ」
 どん、と短く地響き。途端、UG側のシールドが、びし、ばき、というガラスの割れるような音を立てた。次の瞬間、プリズムの盾は粉に変じて消失する。銃弾が撃ち込まれ、UGは散開する。
「自分で大物つったのは嘘じゃねえみたいだな」
 負傷したUGはすぐさま運ばれていき、新しいシールドを展開しつつ、攻撃が再開される。そのシールド装置を無効化する攻撃を繰り出し、いくつかの盾を破壊しながら、【司祭】は確実に距離を詰めて来ていたが、その行動に焦りは見られない。
 遊んでいるのだ。
「後方部隊に襲撃。エデン軍が到着した模様」
「このままでは挟み撃ちにされる。どうする、トオヤ」
 思わずトオヤの顔を見た。どうやったら勝てる、それとも退却か、と紗夜子が見つめると、トオヤは部隊を後方に下げる指示を出した。
【司祭】の攻撃でシールドがはっきりと数を減らしていく。それでも応戦しながら、UG部隊は後方に下がった。
「トオヤ、このままじゃ挟み撃ちだって……!」
「突破できりゃいいんだろ?」
 軽く言うと、トオヤは手振りした。身を低くしたUGが大きな筒を運んでくる。トオヤはそれを左腕に固定し始めた。何をしているのだと焦って辺りを見ている内に、ふと気付いてもう一度目を戻す。それは、とてつもなく大きな銃だったのだ。バズーカというべきか。
 ちらっとトオヤがこちらを見、紗夜子は絶句した。
「前方に一体、後方に何十人。どっちを突破すべきか、分かるだろ?」
「…………!」

 こんなときに、楽しそうに笑ったのだ。

 トオヤは大声を張り上げた。
「知ってるか、自分のことを過大評価するやつっていうのは、基本雑魚なんだよ!」
 示し合わせたようにUGの攻撃が止んだので、声はよく通った。夕暮れが訪れた駅前は、普段は人でごった返しているというのに、今は廃墟を連想させるほど寂しい。ビルの内部にいるはずの人々も退避済みらしく、風が吹く音もよく聞こえていた。
「機械の手足を手に入れて、人間よりも偉くなったつもりか? お前の本質は何も変わっちゃいねえよ。それこそ【魔女】にでもならねえかぎり、お前はお前、弱いお前のままだ」
「負け犬の遠吠えですか? いえ、犬ではなく鼠だ。地下世界に棲むドブネズミ。なんて愚かしい」
 嘲笑。しかしトオヤの声の楽しげな様子は変わらない。
「中途半端なまんまで悔しいだろ。人間でもない、アンドロイドでもない。お前は一生エデンに飼い殺される。お前こそ犬に違いねえな」
「人間以下のUGが何を言っても無駄です。見なさい、この美しい機械の手足を。人間の手足など醜いものです。血の流れる様は美しくない。肉の感触は薄汚れている。その点、私たち守護者はなんて美しいのか。お前たちは醜い。傷つき、血を流し、反吐を吐くUGは、【魔女】と【司祭】によって排除されるべきだ」
「半分人間のくせに?」
 ぴっと、空気に亀裂が走ったような瞬間が勝機だった。
 トオヤはばねのように飛び出すと、その大筒の引き金を弾いた。ミサイルのような雲を引いて弾丸が飛び、爆発が起こった。左右の建物がびりびりと震え、窓が数枚割れる音がした。
 その爆風に怯むことなく更にもう一弾撃った次には、トオヤはもう走り出している。走りながら大砲を捨て、左右の手にライフルと拳銃を軽々と構えると、生身では到底出せない速度で走り出した。
 きん、と音を立ててアスファルトが穿たれる。トオヤの軌道上だったが、そのときにはすでにトオヤは別のルートで前進している。爆炎の中に消えたトオヤだったが、追い風が吹いてようやく【司祭】の姿を紗夜子は捉えることができた。


「何をもって生きてるっていうと思う?」

 トオヤの声が聞こえる。
【司祭】は左腕がショートしたらしく火花が散り、シールドがか細い息を吐くように明滅し、やがて塵となった。

「痛みを、傷を。血を流して、涙を流すことを。俺たちは恐れ、震え、退けようとして足掻く」

「がああああ……!!」
【司祭】が吠え声を上げた。割れたマスクの間から血が固まりのような量で落下する。彼が醜いと言った赤い血が。

「それこそが、生の実感。その手で掴むものこそが――」

 最後の言葉は聞こえなかった。
 ただ続く声はこう言った。

「お前は、血と肉を失うことで生きることを放棄した」

 トオヤが、跳んだ。空中に段があるかのように、大きく、しなやかに。半回転しながら銃を撃ち、反対側に獣のように降り立ったと思えば更に引き金を弾く。UGも攻撃を開始した。
 挟み撃ちとなった【司祭】は更に吠えながら、しかし悶絶した。男はサイボーグだった。簡単に倒れることができなかった。オイルを、血を噴き出しながら、たった一人であるトオヤに向かって銃を突きつけた。
 トオヤはその狙いを定められていない銃弾を軽く斜め後ろに跳んでかわしながら更に銃弾を撃ち尽くす。冷静な瞳と同じ熱の火花が弾け、敵に突き刺さる。
「この――人間、風情があああああああ!!」
 紗夜子ははっとその叫び声を聞き、【司祭】が捨て身でトオヤに突っ込んでいくのを見た。かろうじて残っていた機械の右手がマシンガンを拾い上げ、構えられる。
 紗夜子はシールドを飛び越えて銃を構えていた。

 それは、UGたちが放つ無数の銃弾の、取るに足りない攻撃のひとつだったはずだ。
 なのに、紗夜子の目は、自身が撃ち出した何の変哲もない鉛の弾を捉え、それが、真っすぐ、背中を向けていた敵の肩甲骨辺りを貫くのを見た。
 硬質でストレートな銃弾の感触は、鍵盤が鳴るようであり、光が走る様に似ていた。
 呼吸もできない刹那、時が止まった。

「――……!?」

 まるで、内側で小さな爆発が起こったかのようだった。

【司祭】のサイボーグは、骨組みから螺子の一つに至るまで、球体を描くようにして全方位に弾けとんだ。
 呆然とした【司祭】は攻撃を受け、ついに倒れた。攻撃が止む。合図がかかり、UGたちが【司祭】を取り囲んだ。
 構えていた銃を無意識に下ろして、それを眺めていた紗夜子は、かろうじて息をしながら問いかける。
(今のは……?)
 ぞくりと背筋が総毛立つ。
 何か、言い様のない、とらえどころのない力が、手の中にある感覚。気味が悪く、目をそらしたいのに、身体が動かずに拘束されていく。
 怖がらないで、とそれが囁いた。
『あなたの力は銃弾にある。願いなさい。思いなさい。あなたの意志ひとつで、その銃はあなたの願いを叶えてくれる』


 堕ちていけ。


 意識が飲み込まれた。


      



<< INDEX >>