テレサは変身を解き、人間と変わらぬ姿に戻った。上半身はほぼ裸に近くなっていた。支給品のスーツのことを考える。これよりももっとふさわしい服装をせねばなるまい。何故なら、自分は、今、エデンで最強の【魔女】になったのだから。
 ハイヒールでもって、頭を踏みつける。痛覚のオンオフが出来ない第二世代の【魔女】ダイアナは、ぱちぱちと火花を飛ばしながら、苦痛に呻いた。
「無様な姿ですね、ダイアナ。わたくしと対等だったのはあなたくらいのものだったのに」
「…………」
 声も出ないようだ。声帯は壊していないはずだが。髪を鷲掴み、同じ位置にしてやってから尋ねる。
「あなたに聞きます、ダイアナ? あと一人はどこへ行ったのです」
「知らないわ……知っていても、教えると思う?」
 テレサは手を離した。筋組織が破壊されているダイアナは、そのまましたたかに頭をぶつけた。その身体を蹴り飛ばせば、呆気なく飛び、テーブルにぶつかった。美しかった【魔女】の姿はどこにもない。そこにあるのは無惨で無様なロボットだ。
「まあ、いいでしょう。【魔女】は残り一人。わたくしが至高の座に昇る日は、そう遠くはないはずですもの」
「――予言をあげる、テレサ」
 静かな声がした。
「数に入れなかった最後の一人にお前は負ける。その子は一人で戦わない。都市を引き連れてお前に立ちふさがる。お前は、負ける。その娘の、名、……は……」
 テレサはその頭を蹴り飛ばした。
「無様なこと。あなたのことですよ、ダイアナ。わたくしが数に入れなかったのは、それが取るに足らない些事だからです。けれどあなたは、それを理解せずにわたくしに負け惜しみを言う」
「あなたは……知らないのよ。人間が、どんなに儚く、どれほど強い者たちなのか。どんなに愛おしく、どんなに恐ろしい者たちなのか……。わたしのような機械に、愛情という感情を理解させてしまう恐ろしい者たち……」
 テレサは一歩、一歩。ヒールを鳴らして、呟くダイアナに近付く。彼女は何事か囁いている。お行きなさい、生きなさい、愛しい子たち。
 その言葉は【女神】を感じさせて不快だった。お前に、「子ども」という言葉を使う資格はない。
「わたしは先に行くわ。わたしが行くところこそ、至高の地……ロボットが行くには分不相応な、けれど、わたしだけにしか行けない高み……」
 記憶レコードのエラーが多発しているようだった。ダイアナは機動を停止する直前、こう言ったのだ。
「ナナエは……あの子は……わたしを……機械を……愛してると…………」
 テレサの接続から、ダイアナの気配が消えた。テレサは、姉を失った。しかし胸にあるのは悲しみではない。【魔女】はそんな感情を覚えることはない。【魔女】はお互いを競い合う存在だ。愛すべきは母たる【女神】だけであり、姉妹への情はない。
 テレサはだから憎しみを抱ける。テレサは、思いきりその胸を踏みつぶした。
「わたくしこそが至高の座に昇るのです。小娘に擁立され、早々と脱落したお前が行けるところではない!」


     *


 サヨコサヨコサヨコサヨコ……とその唇からは切れ目なく同じ名前が吐き出されていた。ぶつぶつと、低かった声はいつからか狂ったような大声に変わり、真っ赤に充血した目で、第三階層最も尊い血を持つ子ども、ユリウスは恨みを叫ぶように名前を叫んだ。
「サヨコサヨコサヨコ……!!」
 許さない。僕を選ばなかった。僕を捨てた。
 そしてクドウ。
(僕からサヨコを奪った! 絶対に、絶対に許さない!)


     *


 きょうしゅさま、と寝起きの声が呼びかける。どうしたんですか。頼りない少女の声。
「大丈夫ですよ。僕がぼうっとしていたのなら、それはあなたのことを考えていたからです。罪な人、僕の思考を奪うなんて……」
 そっとその耳元に唇を近付けて囁く。その身体が弛緩するのを、自然に支えてやりながら、その肩をはだけさせて口づける。
「本当に君は、清らかな聖女のようで……」
 横たえさせながら、その目を見つめ、思考を奪う。少女は目を閉じた。
「……みだらな魔女のようですね――ジャンヌ?」










Chapter 2 Trinity

もっと、強くなりたい
She found a love, happiness hope left.

end



And go up the stage. but, let's talk about the past........Interlude






      



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