アーリィが先導する西門への道は、次第に建物群が少なくなり、寂しい道になっていった。白と青の砂粒が敷かれたところに、青い石の道が城へと続いている。そこを通るのはリカシェたち以外に誰もいない。
 見慣れた中央棟が右手に見えた。さらに近付くと、低い壁が連なるところに門がある。城の中でも外側に位置するところにある敷地のようだ。壁の向こうに平たい建物が見える。あれが鎮めの宮だろう。
「……あの……門衛に言われてきました」
 アーリィが声をかけると、門番は頷いた。
「道なりに進むがいい」
 低くも高くもない中性的な声で告げた門番は、リカシェをちらりと見たが、一つ頷くと止めることなく通してくれた。リカシェは軽く会釈し、再びふわふわとした歩調になったアーリィの後ろを、彼女を見守りながらついていく。
 庭を横手に、屋根のある廊下を進んでいく。リカシェの知る城の雰囲気とは異なり、壁や柱、屋根が装飾的だ。綺麗なもの、可愛いものをちりばめているようで、鳥や花、魚といった意匠がたくさん使われている。無駄なものを削いで美しい城の内部とはまったく異なっている。
 言われた通り、道なりに進んでいくと、鳥籠を思わせる門とその向こうに扉があった。リカシェたちの訪れを知っていたかのように、内側から扉が開く。リカシェは目を見開いた。
「シェンラ?」
 青の乙女付きの女官だと思ったのだが、彼女は柔らかい微笑で答えた。
「シェンラの双子の姉で、リェンカと申します。この鎮めの宮を任せている者の一人です。お二方とも、ようこそお越しくださいました。ただいま扉を開けます」
 女神付きのシェンラよりかは、ずっと近しい表情と口調でそう言って、彼女は外側の扉を開けた。リカシェとアーリィが中に入ると、リェンカはすぐに扉を閉ざした。
 内部は御堂を思わせる作りだった。リカシェが立っているところは吹き抜けで、三階まであるのが見える。一階の右手突き当たりには扉があり、庭につながっているらしく、白い光がこぼれていた。
 先立って歩き始めたリェンカは、一階正面の扉を開けた。途端、甘い乳のような香りがして、小さな笑い声が聞こえてきた。
 広間になっている部屋には、あちこちに大小の枕と人形が転がっており、三歳から五歳くらいまでの子どもたちが動き回っている。リェンカと同じように、袖のない動きやすそうな衣服を着た女性たちが、優しい眼差しでその子らを見守っている。
 ふらりと動き出したアーリィが部屋の中央に進んでいくと、気付いた子どもたちが「あっ」と声を上げた。
「こんにちは!」
「おばさん、だあれ?」
 好奇心の強い子たちがあっという間に彼女を取り囲む。座り込んだアーリィはその声に「こんにちは」「あたしはアーリィっていうんだ」と答えている。
 それを入り口近くで見守るリカシェに、リェンカが囁いた。
「ここが、鎮めの宮。青の乙女の守護地、幼くして水葬都市にやってきた子どもたちのための場所です」
 突然現れたアーリィに無邪気にまとわりつく彼らに、死の記憶は薄いのだろう。何にでも関心を持つ地上にありふれた子どもたちの姿だ。
「彼女は、何かのお許しが出たからここにきた、というようなことを言っていたんだけれど……?」
 特殊な場所だということはわかるが、と思って尋ねる。特別な理由がなければ、アーリィがあんなに怯えないだろう。
 リェンカは深く頷き、言った。
「この都市では、一部の子どもはこの鎮めの宮に集められます。その子たちの共通点は『死の苦しみを引きずっている』ということ。ここはその闇に染まりやすい魂を癒すための場所。そして都市には、子どもに関して魂に傷を負った大人も存在します。そうした大人と子どもを引き合わせるための場所でもあるのです」
 一緒にやろうと誘われて、アーリィは革でできたボールを子どもたちと順繰りに投げ合っている。楽しそうでもあり恥ずかしそうでもある。目元が赤いのはこみ上げるものがあるからなのか。
「中には、子どもと一緒に暮らしたいと願う方もいます。そうした方には青の乙女のお許しがあり、なおかつ相性が良い子どもがいれば、この都市で共に暮らせるようになります。そうして、冥府の門をくぐった二つの魂は、次の世を授かる時、親子として生まれることができるのです」
 ただ、とリェンカは声を低める。
「魂の傷を癒すのは難しい。今は形を潜めていても、あの子らは深く傷ついてここに来ました。そうした子らを縁を結び来世で親子になろうという者には、求められるものがたくさんあります。うまくいかないことも多いのですが……」
 うまくいくところも、そうでないところも見てきた者には、思うところが様々あるのだろう。
 親になることを経験していないリカシェだ。婚約者はいるそうだが顔を見たこともないし、子どもを産むことなんて想像できない。それよりも育ててみたいという気持ちの方が強く、今は弟の成長が楽しみだし、彼にいずれ妻や子ができたならそれを守ってやりたいと思うのだ。
 親として習うのなら父母だろうが、彼らの愛し方はリカシェに響かなかった。父は、最初は長子として、一転して女らしくと施した教育は、ごく一般的な価値観の中で行われた窮屈なものでしかなかった。母はレンクを生んだ後、はかなさと弱さだけを教えて去ってしまった。だからできれば、世間ではなどという言葉に囚われない、自由な生き方を教えられるものになりたい、とリカシェは思っている。
 きっとそれが、私が目指すべき私の像なのだろう。
「うまくいってほしいわ」
 うまくボールを投げられない子に投げ方を教えてやると、よく飛ぶようになった。目を輝かせる少年をアーリィは褒めてやっている。その光景を見ながら言ったリカシェに、リェンカは頷いた。
「リェンカ。少しいい?」
 言って、リカシェは彼女を先ほどの玄関広間に連れ出した。扉を閉め、向こうに聞こえないように離れる。
「いかがなさいましたか?」
「……調べていることがあるの。知っていたら教えてほしい」
 リカシェは、村の名と地名を挙げ、溺れ死んでしまった子がいるかを尋ねた。リェンカはそれに答えるより先に「何をお調べになっているのでしょう」と聞き返した。
「先ほども申しました通り、死の記憶は痛むのです。それを子どもたちにむやみに思い出させたくない。あの子たちがそれぞれに受け止められるようになって、初めて冥府の門への道が開きます。お尋ねの子に、何をお聞きになりたいのですか?」
 己の死の真相を突き止めたいというのは、自分本位に過ぎるとはわかっている。そのために誰かを苦しめたいとは思わない。それが罪なき者、子どもならばなおさら。
 だから、リカシェは首を振った。
「この問いを尋ねるかどうかは、まだ決めていない。だから会おうとも思っていないわ。でも、ここにいるのかどうかを知っておきたいの」
 リェンカはじっとリカシェを見つめた。守護する者の盾がそこにあるようだった。
「青の乙女やあなたたちに黙って、その子に接触することは絶対にしない。大神と水葬王に誓います」
 わずかに目を逸らしてリェンカは考えていた。そして大きく息を吸って、一つ、心を決めたようだった。
「お尋ねの子に心当たりがあります。ミュナという名の少女です。魂の傷が深いため別のところで過ごさせております」
 リカシェの胸に鋭い痛みが走った。聞くべきではなかったという思いと、聞いておかなければならなかったという覚悟が胸に落ちる。知らないまま行動しなくて本当によかった。
「ありがとう」
 いいえ、と言ったリェンカが、部屋に戻ると入れ違いに、アーリィが出てきた。
「今回はここまでらしいから、出よう」
 来た道を戻り、門を抜けて、今度は東に向けて城の周囲をぐるりと回る。寂しげな景色は、やがて見える建物の数が増え、厳しさすら感じさせる整然としたものに変わってきた。
「付き添ってくれてありがとう。こんなこと言っちゃ笑われそうだけど、やっぱり怖くてね。あたしは子どもを育てたことがないし、子どもの相手も得意ってわけじゃなかったから……でも、許可が出てよかった。あの子たちに会えてよかったよ」
 ぽつりと、照れくさそうながらもそう言ってはにかむ。
「……アーリィは」
「うん。あたしの人生の後悔は、子どもが欲しかったっていうことだったんだ。いろいろあってそれが叶わなくて……水葬都市で子どもと一緒に暮らしている人の話を聞いて、あたしも、と思って申請してたんだ。うまくいくかはわからないけど、あたしなんかに一緒にいてほしいって思ってくれる子がいてくれたら、って思ってる」
 それを聞くと、心から祈らずにはいられなかった。この強くて闊達な女性が、小さな子を精一杯に守ってくれること。その子が、人知れず傷を抱えている彼女をそっと包んでくれることを。
「あなたはきっと素敵な母親になると思う。私みたいなのに付き合ってくれるんだもの、子どものことを気長に見守ってくれるはずだから」
 アーリィは噴き出した。
「引き合いに出すのが自分って、あんたそりゃ自分がお転婆だって認めてるってことだよ! わかってるなら、もうちょっと危ないことは控えな」
「もう台詞が母親みたいよ」
 アーリィは明るく笑う。いつもの彼女が戻りつつあった。次からは自分で鎮めの宮に行くと力強く宣言する。この様子だと大丈夫そうだ。躓き、悩んだとしても、彼女は自分で乗り越える方法を見つけるはずだった。
 その方法を見失っているのはリカシェなのだ。どうすべきか決めかねて、ふらふらとさまよっている。レンクとハルフィス、どちらを取るか。思いとすべきことと選びたいものが積み上がって、道をさだめられずにいる。
(このままだと全部失ってしまうかもしれない)
 立ち止まってはいけない。迷いだけを繰り返すより行動した方がいい。景色が変われば膠着した思考が解け、答えを導き出しやすくなるはず。
 今は、犯人を突き止める。
 南門から城の中に入り、内部を通って東棟に向かう。見慣れた兵舎周辺にやってくるとほっとした。どうやらアーリィの緊張に引きずられていたようだ。鎮めの宮の独特な雰囲気にも飲まれていたのだろう。あの場所は水葬都市の核のようなものに感じたし、用がないのに立ち寄るのは止めておいた方がよさそうだった。
「部屋まで送ってこうか」
「ありがとう。自分で帰れるから大丈夫よ。でもせっかくここまで来たし、みんなに挨拶してから帰るわ」
 そんなことを話しながら小屋のところまでやってきた。そういえば、水葬都市に来て最初に訪れたのが、ロディのいるこの小屋だった。鎧戸は開いていた。彼はいるようだ。
「じゃああたしは行くよ。ロディによろしく」



 

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