終章 堕   
    


 闘技場での異変は、首都の下層まで届いていた。
 誰かが「世界の終わりだ」と言って頭を抱えた。ここはそれとさほど変わらない地の底だと、普段から言って唾を吐くくせに、やはり人とは生きていたいものなのだろう。
 エルザリートは彼らの隙間をぬって、自分のすべきことをする。
 擦り切れた布に包まれたそれは重い。魂が入っていないだけでただの物になる人の身体を、外に運ぶのがエルザリートの仕事だ。
 エルザリートは死体を運ぶ。その瞳に映るのは、失われて消えていった命と亡霊たち、そして天から投げかけられるわずかな雨ばかり。
(世界は終わらない。過去を重ねて進んでいくだけ。たとえその先が、生きとし生けるものの終焉であっても)
 だからわたしたちはそこで足掻く。この先に、光を灯すことを目指して。
 雨雲の向こうに想いを馳せて、囁いた。

(生きるわ)


   *


 細い雨が地の底へ、かすかなきらめきの名残を落とす。
 闇の中、小さな白い手がそれを探るように動いたが、何もつかむことはなく、やがて、黒色に沈んで、消えた。


    



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