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 アマーリエは彼女たちを東屋に招く一方、残りの少女たちの動向を見守るよう女官たちに命じた。アマーリエに応じた二人以外の者たちは間違いなく弱者で、立場ある者に利用されたり危害を加えられる可能性を考慮したからだった。
(まあこうする時点でだいたい察しているわけだけれど……)
 相変わらず私はずるくて、さらに姑息になった。
 自己嫌悪に陥りそうになりながら女官たちが準備してくれたお茶を少女たちに振る舞う。威勢がいいように見えてやはり緊張しているらしくじっと押し黙っている彼女たちを、アマーリエは急かすことなくのんびりとお茶を啜る。
「このお茶は、天様が私のために取り寄せてくださったものなのです」
 少女たちははっと顔を上げ、器に揺れる紅いお茶をじっと見つめる。
「都市で作られているものなので、リリスにはまだ流通していません。けれどこの茶葉に限らない多くのものが遠からずリリスにもたらされるでしょう。私の役目は、その手伝いをすることだと思っています。リリスがリリスのまま、けれど取り残されることなく、変われるように」
 導かれるように視線を上げる彼女たちににこりとし、どうぞ召し上がってくださいと再びお茶を勧める。器を手に取った二人は同時にそれを嚥下して、「美味しい」とほっと息を吐いた。
「お二人が気にしているのは、アラヤ家ですか? それとも、ゴン家?」
 そこへアマーリエが切り込むと、少女たちがみるみる青ざめ、項垂れた。
 東方の有力な一族であるアラヤ家とスルギ家が揉めたのは、冬のこと。この争いにキヨツグが直接介入し、平定したのだ。遊牧を生業とする彼らにはとてつもない数の親類縁者がいるが、このうちアラヤ家長老の妻なる人物が、滞在していたキヨツグに姪孫の存在を匂わせたという。
 またアマーリエのもとにもアラヤ長老夫人とは別の者、それも複数から身内に若い女性を紹介したい旨が記された、見舞いの体裁を取り繕った手紙が届いている。
 彼女たちの目的は一つ。キヨツグの妻、第二夫人第三夫人の座だ。
「……申し訳ありません。その、どうお話ししたらいいのか……」
「その可能性があるという人たちもいれば、絶対にないと断言する人たちもいて、本当のところがどうなのか気になって……不躾なことを言って申し訳ありませんでした……」
 彼女たちの語るところによると、若い世代は現在三つの派閥に分かれているという。一つは現族長夫妻を支持する派閥。もう一つはリリス族の正統な血を残すべきだという派閥。最後の一つはどちらにもつかず様子を見ている。
 そんな彼女たちは支持派なのだそうだ。
「天様と真様の奇跡的な結び付きを目の当たりにしておきながら、第二夫人を迎えさせようなどと、背反に等しいです」
「そうです。いくらヨルム様が優秀でも、命山の方々に認められるとは限りません」
(う、うーん……私は、褒められたことをしたわけじゃないんだけど……)
 色々、本当に色々と規格外のことをやらかした身としては純粋な気持ちに胸がちくちくするが、それだけのことを仕出かしたのだからこの居場所を簡単に譲るわけにはいかない、という自負もちゃんとある。
「ヨルム様は、アラヤ長老夫人のお身内ですね」
 彼女が、アラヤ長老夫人が直接売り込もうとしている姪孫だ。アマーリエなどよりも育ちのいい生粋のご令嬢と聞いているが、少女たちは憤懣やる方ないという顔をしている。
「そうです。真様がこちらにいらっしゃる前にどこかへ姿を消してしまいましたが、きっと逃げたんだと思います」
「逃げた?」
「はい。真様のお召し物とよく似たものを着ていたんです。わざとだと思います」
 アマーリエが敢えて教えたのではないかと思い、様子を窺おうと質問したがそんな気配はなかったので、やはりヨルムはわざと衣装を合わせたのだと思ったそうだ。
(ああそれで、御三方がああいう風に仰ったのか……)
 なるほど、意図的に服装を合わせてきたのなら高貴な夫人方の顰蹙を買っても仕方がないだろう。
「お美しい方で、馬の扱いも一流、武術の心得もおありです。ただそういう好戦的なところがあって、私は苦手です。お会いする度に見下されているような気持ちになります」
「気のせいじゃないと思うわ。笑っていても、真様の笑顔とは大違いだもの。本当に笑っていないっていうか……」
 だが一方で、そうした強者の振る舞いがいかにもリリスらしいと支持する者も多いらしい。
 変わりゆくリリス族の中で、伝統的なリリス族であるという誇りはいま激しい熱を帯び始めているのだ。その様子を見ている側も強い反発心を抱くくらいに。
(他の人たちから反感を買っても、勝てる自信があるってことか……)
 何か策があるのだろうか。それらしいものが思いつかないので、しっかり警戒して自衛しておく必要がありそうだ。
 考え込みそうになっていたアマーリエだが、少女たちの視線に気付いて、さっと微笑みの仮面を貼り付けた。
「そうだったのですね。私はまだお目にかかっていないので、お会いするのが楽しみです。きっと魅力的な方なんでしょうね」
 虚勢と、ちょっとした対抗心があった。だから思いがけず嫌味っぽくなった。そのことに気付いてはっとなり、同時に見透かされてはならないという意識が働いて、アマーリエはおっとりと微笑んだが、少女たちは「真様……」と心配そうな顔をしている。
「お話を聞かせてくださってありがとうございました。何があったとしてもお決めになるのは天様ですから、どうか心配なさらないでください」
 だから憂いは忘れて楽しく過ごしてくださいね、と心からの願いを告げて、少女たちを送り出す。せっかくの我が子のお披露目会なのだから、明るい気持ちで過ごしてほしかった。
 空になった茶器を片付け始めると女官が来て代わってくれる。ありがとうと言ったその口で、アマーリエは素早く囁いた。
「彼女たちの安全を確保してあげて。無事に帰郷できるように」
 アマーリエと彼女たちが接触したことは間違いなくヨルム側に伝わる。面倒なことになる前に手を打てるよう監視を頼み、御意、と返事をもらう。そこへ別の女官がやってきた。
「真様。このようなものが、お部屋に」
「……手紙?」
 確か碧桃と呼ばれる花の枝に、折りたたんだ手紙が結わえられている。
 手にした途端に感じた、花に混じる、覚えのある香りに首を傾げた。
(キヨツグ様の香り……?)
 リリス族には衣服に香りをつける習慣がある。同じように手紙にも、差出人を連想される香りや、相手に誘いかけるための匂いをまとわせることがある。
 キヨツグは現在大広間で客人をもてなしているはずだ。しかしお酒には強くとも騒がしい場所を好まない人なので、適当なところで抜けるつもりだと言っていた。庭園の客人たちとは違って大広間は酔客ばかりなので、いなくなったところで気付かれないと、冗談か本気かわからないような理由で。
 とにかく手紙を開いてみると、内容は短く「二人きりで話したいことがある」と場所を指定してある。さほど奥まってはいないがこの会では使用しない区域で、この庭から歩いて行けるところだ。
(……とりあえず、行ってみよう)
 手紙を折りたたみながら女官たちに告げる。
「二人とも、伝言を頼める?」
 特に難しくないアマーリエの言伝を受けて、女官たちは「承りました」と粛々と頭を下げた。



 二人きりで話したいことがある。人目をはばかるので一人で来てほしい。
 香りをまとわせた紙に流麗な筆跡で端的な内容を記し、最後に署名という手紙がアマーリエに指定してきたのは、庭園の奥、建物に続く道から枝分かれした小道の先の涼亭だ。
 春の芽吹きを迎えた木々に囲まれた涼亭は、広い王宮内でも決して見捨てられず、瓦葺きが美しく保たれている。下生えの小さな白い花々が慎ましく足元を彩っていた。
(コウセツがいたら、きっとしばらく動けなくなってしまうんだろうな)
 興味の対象が広がり始める頃なのか、目についたものを拾ったり長々と観察したりする。この花のように、当たり前にあるものとして見過ごしてしまうものもコウセツにとってはただただ目新しいのだ。
 かと思ったら急に興味を失って別のことを始めたり、日によってその度合いの波が激しかったり、大人たちは振り回されてばかりだが、コウセツが好きなものを見つけるための作業なのだと思えば根気強く付き合うしかない。何故なら『気付き』を得た瞬間のコウセツの笑顔は何にも勝って可愛いのだから。
 足元の花に気を取られていたが、涼亭にはまだ誰の姿もなかった。
 長椅子に腰掛けてその人の訪れを待つ。そうして静かな時間を持つと、急に眠気が襲ってきた。
(ずっと忙しかったし、なかなか一人になる時間もなかったからな……)
 お披露目会の支度に、祝宴の準備。訪問客の滞在の手配。突発的な事項の対処。通常の仕事もある。自分の手には余るものは関係者に相談して、問題ないかキヨツグの確認を待ち、と出来ることが多くなるとその分だけ多忙で関わる人間が増えて煩雑になった。それは間違ってはならないという重圧にもなったけれど、ここにいることを許されているという実感にも繋がっている。
(……たとえば別の、ヨルム様のような人なら)
 目を閉じる。まだ会ったことのない、けれど自信に満ち溢れているであろう美しいリリス族の女性を思い浮かべる。
(こんな風に疲れたり迷ったりせず、堂々とした立派な態度を貫くことができるんだろう)
 私の立つこの場所は、きっと別の人のものだった。ふとしたときにアマーリエですら思うときがあるのだから、リリス族の誇りを抱く人たちが考えないはずがない。あの場所は、本当は私のものだったはずだと。
(でも)
 それでも。
(私は……――)
 心にある思い、その形、熱をなぞり、しっかりと確かめてから目を開ける。
「お目覚めですか、姫君」
「っ!?」
 そして見知らぬ男性に覗き込むように声をかけられて悲鳴を上げかけた。

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