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星々を消し去る光は緩やかに消え去り、夜の空は本来の藍色に戻っていた。淡い星の粒の瞬きを見上げていると、遠くでどこかの飼い犬の吠える声が聞こえてきて、音も戻ってきていることを知った。
「今のは……一体……?」
世界の終わりかと思うほどの光だった。神郷に庇われていた恵理子は、彼の戸惑いの声を、鼓動に触れられる距離で聞いた。やがてお互いの状態に気付いた神郷は、強張るほどに力を込めた腕を緩め、恵理子を解放した。
お互いにぎこちなく、そろそろと離れたものの、あの光と音がもたらしたものが忘れられず、恵理子は落ち着かない仕草で前髪をいじり、髪を耳にかけた。うまく耳にかかってくれない髪を、不意に、伸ばそう、と決めた。流行だとかそういうのではなくて、願掛けでもなくて
たとえるのなら、この人にふさわしくなりたいと思うから。
そんな風に思うことがくすぐったくて、いつしか笑う恵理子を、驚いたように神郷が見ている。
精一杯の思いを込めて告げる。
「ありがとうございました」
ここにいる私は、もういままでの私じゃない。
あの光を見てしまったから、新しい私が始まった。だからこれは別れの言葉。
恵理子の部屋で、点けっぱなしだったラジオが恋の歌を歌っている。
普遍的な、切なくも幸福な恋と愛の歌は、いつまでも形を変えながら歌い継がれていくことだろう。この世界に永遠があるのだとしたらそれは恋の巡りに違いないからだ。
だが、ふつり、とそれが途切れた。
一瞬の静寂の後、どこか騒々しい気配とともに冷静な声が告げる。
「臨時ニュースをお伝えします。今日午前零時頃、――県――市沿岸に謎の飛行物体が」
「ただちに住民を避難させ」
「飛行物体は生物だと確認。形状から、爬虫類が進化したものだと」
「これは竜ではないかという専門家の意見もあり」
たとえこの世界で始まることはなくとも、いつかどこかの世界で生まれるだろう。恵理子の恋は、きっと芽吹く。喜びの光と悲しみの水を繰り返し浴びて、美しく咲き誇る。
「おやすみなさい、君継さん」
そしてこれはもう一度出会うための言葉。
風が吹く。夜の静けさに、街の光と星々の輝きの下で、風は涼しくも軽やかで芳しい。それは恵理子の約束を、きっと彼方まで連れて行ってくれることだろう。
神郷はふっと口元を緩めると、かすかな微笑みを浮かべて言った。
「……おやすみ」
その顔を「いつか見た」と感じたのは、恵理子の気のせいだったのだろうか。いまではもう、確かめる術はないけれど……。………………、…………………………………………。
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……――――――――……――――………………――――――――――――――――――――――――ブラックアウトした電光掲示板は傾き、崩れた鉄筋の隙間に風を通り、甲高い鳴き声を形作る。割れたアスファルト、ビルに突っ込んだ信号機、黒煙を浴びたのだろう黒ずんだ乗用車の骨のような残骸が、あちこちに取り残されている。
空は灰色。草木の影はない。彩りに欠けた沈黙と都市の廃墟の取り合わせは、絵画や写真やCGのような幻想に似ている。とても冷たく静かである意味美しい。
朽ち果てた世界に、彩りがひとつ。
どこかからやってきた種が芽吹き、薄紅色の花を朽ち果てた都市に咲かせていた。
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