4. 策略あるいは遊戯
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 飲もうとした水にシアルーの花を浸すのはすでに習慣だった。争乱時代に父が行っていたそれはカリス・ルークの習慣となっている。赤い花びらが久しぶりに色を変えるのを見て、カリス・ルークは軽くため息をついた。
「死神の贈り物か」
 また虫が入り込んできたかなと呟きながら水差しの水を窓の外へ注いだ。顔を後ろに向けるとウィリアムと目が合い、頷き合う。
 文官たちは部屋の壁に順に立てかけた肖像画を示して、これで全部ですとウィリアムに言った。使っていない大部屋の全面を使って並べられた肖像画は、カリス・ルーク以外に他の大臣たちからの指示で家柄や財産から選抜され、また家系図からまことであると判断された娘たちのものだった。
 何気ない風で水差しを戻し部屋の中心でぐるりと見回す。予想に反して思ったよりも枚数があった。かなりの数であったろうに短期間で仕事を終えた官吏たちに労いの言葉をかけて下がらせ、順に肖像画を見ていく。ウィリアムが後ろで、それは何族の誰で何をしている者だとか説明をしていたが特に興味もなく聞き流していた。重要であれば彼が一言言うだろう。
「誰か目を引いた者はいるか」
「特にいない」
 美しい娘や可愛らしい娘が多いが抱いた感情はそれくらいだった。容姿にも十分気を付けて選り分けられたようだが、特に飛び抜けて惹き付けられた者はいない。どちらかというと絵師への感嘆の方が大きい。
「この絵の色彩感覚は面白い」
 肖像画というより抽象画と呼ぶべき作品が一枚あったのでそれを指差すと、ウィリアムは眉をひそめて文官を呼び持って出るように言った。間違いで紛れ込んだのであろうと、若い文官は大臣に睨まれて汗を掻きながら絵を持っていく。そんなことだろうと思ったのでカリス・ルークは責めずに笑って見送った。
「違う意味で目を引くと言えば、あれだな」
「ああ」
 有能な大臣は得たりと頷いた。この計画が持ち上がった時、この肖像画の彼女は最初から最終候補に決まっているのだった。かなりの美貌の持ち主ではあるが果たして内面はどうなのやら。ここにあるということは他の大臣たちが認め印を押したわけだから、普通の宮女選抜なら王妃や夫人にふさわしいのだろう。普通の選抜なら。
 白人の大臣は十数枚の肖像画を一通り見渡して呟いた。
「さて、残りはどうするかな」
「うん、ずっと考えていたんだが……」
 ウィリアムは大袈裟に目を見開いた。
「おお、なんと! どうぞわたくしめにその妙案をお聞かせ下さいませ!」
 顔を見合わせて、沈黙。
 そして次の瞬間、二人は大きく噴き出した。表情までも家臣らしく装って大仰な台詞をこの親友は突然言い出すことがある。親友という関係が変わらぬまま王と大臣をやっている自分たちが、時々おかしくなるのではないかとカリス・ルークは推測する。自分自身もそうだったからだ。だから腹を抱えて笑ったカリス・ルークは、やがて浮かんだ涙を拭うと深い笑みをたたえてウィリアムに案を話した。こちらも笑みを浮かべて聞いていた親友は楽しげにそれは良いと手を叩いた。
「余興としては悪くない」
「お前の悪いところは裏でそういう風に軽薄なところだ」
 さすがにそれは娘たちに失礼だろうと笑いつつ顔をしかめると、大臣は申し訳ありませんと全く反省していない平面な声で言った。
「俺は利用できるものは利用するんだ。どんなものも。すり減るまで」
「ふん、まあいい」
 それが親友の恐ろしいところだった。だがカリス・ルークは軽く笑う。味方であると確信しているので、まあいいという言葉の裏にはお前はそうだからなと肩を叩くような信頼が含まれている。
「私の個人的な興味だが、聞いてみて損はないだろう?」
 そう言ってカリス・ルークは文官を呼んで命じた。
「この者たちに手紙を! 王と結婚して、王に何を与えられるかを尋ねよ」
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