バババババババ、と連続する発砲音に耳がやられる。硝煙が立ちこめ、火薬のにおいが鳥かごに充満する。強化ガラスは割れず、平穏そのものだったが、静けさを取り戻した内部の惨状はひどいものだった。
　防御に回れなかった数名は身体に穴を空けてほぼ即死。残ったのはキリサカ、エガミ。
　攻撃に回ったのはキリサカだった。ディクソンが身を低くしながら素早く移動し、銃弾を叩き込む。それを援護するようにエガミの勢が動き出した。花嫁衣装の襲撃者は、あっけなく倒れる。
　確認したディクソンが言った。
「Ｓランク遺伝子保持者だ」
　ライヤが弾かれたように走って近付き、襲撃者のベールを剥ぐ。短く刈られた銀色の髪。笑うように半月上になった目は、確かに銀色の光彩をしている。
　ライヤは更にドレスの腕の部分を裂いた。何をしているのかと思っていると、呟いた。
「……自傷行為の跡がある。投薬の針跡も、いっぱい。隔離してたのを使ったんだ」
「紗夜子はどこだ」
　外に出ると、走り去っていく車のエンジン音が聞こえた。恐らく、襲撃者を運んできた車両だろう。その後ろから、「トオヤ！」と叫ぶ声がし、振り返ると。
「……！」
　祭壇に、じわじわと浮かび上がる人間の姿があった。白い裾。白い手。銀の髪。銀の双眸。どこかに投影装置があるらしく、向こう側を透けさせた映像で、ユリウスは姿を現した。
『わざわざ足をお運びいただいてありがとう、みんな』
「ユリウス！　どこにいる！？」
『本当はちゃんと挨拶をしたかったんだけど……安全を優先してこの形になったんだ。僕たちもみんなに会えなくて寂しいよ。でも、ごめんね。紗夜子を奪われるわけにはいかないんだ』
「どこにいるっつってんだよっ！！」
　トオヤが怒鳴りつけると、映像のユリウスは笑い、目を大きく見開き、虚ろに言った。
『見つけてごらんよ。君が、運命を持っているというなら』
　ユリウスは呟く。
『僕の運命は有限だ。だから僕は、僕の意志を、僕の子どもに託そう。それが、僕の血の呪縛だ。Ｓランク遺伝子保持者の僕の運命。この都市の呪い、エデンの呪われた祝福』
　目を上げたユリウスとトオヤは、確かに目を交わした。
『僕の運命に勝てるというなら、僕のところへたどり着けよ、トオヤ』
　トオヤは歯を食いしばると、次の瞬間、声を振り絞った。
「……戦いたいなら、正々堂々、てめえの生身で戦いやがれ！！」
　ユリウスは微笑み、何かを言いかけて、消えた。
　不信感を抱いたのもつかの間、声が降った。

『紗夜子に会いたい？　トオヤ』

　その、心を握る声。
　たった一言、そして名前を呼んだだけだというのに、心も身体も掌握してしまう天上の声。
「セシリア……！」
『紗夜子に会いたいなら、わたくしのところへいらっしゃい。あの子は必ずわたくしのところへ来るわ。ねえ、トオヤ。あなたは、あの子のことを信じているわよね？』
　ライヤの呼び声には答えず、スピーカーを通してだけ語る女神に、トオヤは拳を握りしめた。

　ずっとたった一人で戦ってきた。
　すべてを――すべて受け止めて、生きていく。
　ひとりで。
　天上から地上へ落ち、地上から地下世界へ落ちた少女。少女の心や闇の底に落ち、それでも光を握りしめ続け、彼方を目指す。銃を手にして。
　今、とらわれの紗夜子は何を思うのか、トオヤには本当の意味では分からない。
　それでも決して、そのままそこにはいないだろうということは、分かる。
　信じている。それは確かだ。疑うことなく、トオヤは紗夜子の底力を知っている。だが、助けに行かないという選択肢を選ぶには、喪失への恐怖が邪魔をする。

　不躾に鳴り響いた着信音に、場が凍った。トオヤは自分のポケットの中身が原因であることを知り、注意深くそれを取り出す。
　新着メール、一件。
　差出人、知らないアドレス。
　内容は、簡素。

『今行く』

　――それが誰かはもう分かりきっている。

　携帯電話を押し込めると、トオヤは言った。もう、迷いはなかった。
「紗夜子は、あんたを殺すぞ」
　セシリアは微笑んだ。
『待っているわ』
　映像は消え、その間にＵＧたちが準備を終え、トオヤの号令を待っている。割れた床の大理石や椅子、折れてしまった枝葉を踏んで、トオヤは外に出る。鳥が籠から出た気分は、こういうものだったのかもしれない。多くの不安。足のすくむような恐怖。しかし、ひとつ。きらめく希望。
　どこかから鍵を取り出したライヤは、それをちりりと鳴らすと、言った。
「ここからオレは別行動。オレは少し行くところがある」
「……大丈夫か」
　初めて案じるような言葉を口にした息子に、不良親父は苦笑した。
「お前はいつだって別れの準備をしてた。誰とでもな。オレもそうだからよく分かる。ただ、これだけは覚えとけ」
　ライヤはトオヤを肩から抱いた。
「この世界はオレたちのもの。けど、このさきの世界は、絶対にお前たちのものになる。世界は譲り渡されて続いていくからだ。……途絶えさせるな、絶対に」
　身体を離したライヤは、「また会おう」と笑い、歩き出した。
「わたしも行くわ」
　そう声をあげた女に、トオヤは目を向けた。
「【女神】本体のある中央総統部、その鍵をわたしは持ってる。……【女神】が変更を加えていなければ、だけど」
　七重はドレスの胸元を押さえた。
「わたしを使いなさい。人質でも、ただの鍵扱いでもいいわ。わたしの手勢はあなたたちに従わせる。総合的な実権を握っているわたしの叔父も、今頃あなたたちの長に会っているはずよ。――エガミは、アンダーグラウンドにつくわ」
「……最初からそのつもりだったのか」
　だとすれば不自然な行動にも納得がいくような気がした。
「トオヤ。号令を」
　ディクソンが促し、トオヤは頷いた。信じてる、と胸の内で呟いて。
「早く、来い」
　小さく口にすると、返事も言葉にしていた。
「俺もすぐ行く」
　そして、「本部に向かって進撃！」という号令をあげた。