覆い被さっていたトオヤが身体を起こし、銃で反撃しつつ、力の抜けた紗夜子を引きずって建物の影へ隠れる。
銃撃が一旦止んだ。素早く彼が銃弾を補填する。かすかに鳴る金属音、その合間に、静かに言った。
「しっかりしろ。何も考えられないなら、生き残ることを考えろ」
再び、銃声が響き始めた。トオヤが来たなと呟いたので、UGの面々なのだろう。辺りはすっかり静まり返り、しかし何にも聞こえないくらいうるさい。どくどくと耳の奥で血管が鳴る。張り裂けそうなくらい、破れそうなくらい、脈打つ音がする。聞こえない。何も、何も。
「…………して」
向こうの道から銃を携帯した人間が現れ、【魔女】じゃない多分【祭司】タイプだ、と紗夜子には何の解決も与えてくれない報告をトオヤにしている。
トオヤが引き金を弾く。UGの攻撃音とともに、第三階層の攻撃も激しさを増して行く。すべての音は耳鳴りになる。銃声は止まない。血の音がうるさい。
「どうして……」
紗夜子の声は掻き消される。
「……どうして!?」
叫んで、泣いて、大声で答えのない問いを繰り返すことは許されても、そこから動かないことは許されない。
紗夜子は引きずられて、アンダーグラウンドに連れ戻された。されるがままの紗夜子を見下ろして、トオヤが舌打ちする。それがひどく耳障りで、顔を上げた。目は充血し、瞬きは瞳を潤すことなく、暗い穴になったような気でトオヤを見た。
「どうして……二人を見捨てたの」
まるで泥や汚れた油のようにしつこい声で、紗夜子は聞いていた。
対して、トオヤの声はきっぱりと乾いていた。
「助けられる状態じゃなかった。お前が殺されないようにするのが精一杯だった」
「……私が、高遠の娘だから? だから守ったの?」
トオヤは答えない。
けれど、きっとそうなのだろう。
「……私の命なんて、意味ない」
口にすると、確かな実感だった。
元々意味のない命だ。捨てられたものだ。第三階層の人間として生きる価値がないと判断された。殺せなかった、父は手を汚したくなかったから、生かされていただけだ。
本当は『あの時』に死ぬべきだった――!
生きるべきだった人がいなくなり、死ぬはずだった自分が、どうして生きている?
「家族にも見捨てられた私よりも、家族がいる人間の方が大事に決まってるでしょ!!」
次の瞬間、視界に星が飛んだ。
遅れて、頬が痛い。
殴られたのだ。
「思ってもないこと言うな」
痛みに反して、トオヤはあまりにも静かだった。深い夜、波打たぬ水の底、ガラスの透き通ったそれを思い出させる、冷たく非情にも思える姿で紗夜子の前に立つ。彼の目は、紗夜子がこれまで接してきた人々を思い出せと言っていた。
紗夜子は唇を噛んだ。
「っ……う……」
堪えきれない嗚咽で顔を覆う。
人間の命に優劣なんてない。第一も、第二も第三も、UGも、みんな、きちんと、人間だ。
ただ第三だけが驕っている。
だからUGは戦っているのだ。
「でも、もし本気で言うなら」
低い声。後ろ髪をつかまれ、乱暴に上向かされる。頭皮が後ろに引かれる力のあまり引き攣り、思わずか細く悲鳴を上げた。顔をしかめ、痛みをこらえる。噛み付くように、声がした。
「殺してやる」
紗夜子のまなじりから、溜まっていた涙が意図せずに滑り落ちる。
「お前の命なんて、どうこうする価値もない。それが平等だってことだ。だから殺してやる。楽になれるぞ。逃げなくていい、追われて殺される心配もない。だから、殺してやる」
熱に浮かされたような予告の言葉。彼は本気だった。紗夜子は唇を歪めた。
「わたし……」
むなしさは、転じて怒りだった。自分の人生をもてあそび、自由を奪った人こそ憎かった。何故自分はいらないと言われなければならない。何故生きていてはいけない。
「私……は……」
例え、この手が血にまみれていても。
――……ちゃん。
遠い呼び声がする。あの声がした『あの時』私は思ってしまったのだ。
そこから、罪は始まった。
「聞こえない」
望んでしまう自分は、罪深い。
「……、たい……」
「聞こえないっつってんだろ」
嗚咽を殺す。友達を失って、悲しむべきなのに、自分のことでこんな身勝手な心をさらけ出そうとするなんて、彼はすごくひどい人だ。でも、これが紗夜子の本音だった。
「――生きたい!!」
途端、上向かせる力が強くなり。
唇が触れそうで、触れない距離で囁かれていた。
「じゃあ、生きろ」
突き飛ばすように離され、トオヤが出て行く。
紗夜子は髪も服もぼろぼろの状態のまま、ブラウスの胸の辺りを握りしめた。引きずられたからか、いつの間にか腕にも膝にも擦り傷があり、打ち身もある。次第に痛くなってきた。しゃくりあげた。それは次第に大きくなり、呻き声を上げ、堪えきれず泣き出した。